カンディア武闘大会……①
「それでは皆さん、一回戦です。頑張りましょう!」
団長のネフィリカが試合前に声を上げた。緊張のためか、わずかに声が上擦っている。
「おお―っ!」と返しながら、オレ達は彼女に続いて武闘場に入る扉の前へと並んだ。
あの後、アルサノーク傭兵団に加入したオレ達は、すぐさま武闘大会に参加登録したのだけど、本当に締め切り間際だったようで、さほど日を置かず参加申し込みが締め切られた。
そして、登録後はアルサノーク傭兵団の一員として、大会が始まるぎりぎりまで集団戦での連携等の練習を行うこととなった。
合同練習でわかったことは、意外にもネフィリカと同様にガイウスもそれなりの腕を持っていて、ユールが健在であるなら傭兵団としてはかなり上位の実力があっただろうと推察された。
これなら、人数が足りていればオレ達が加わわらなくても上位入賞を望めたかもしれない。
そんなことを思い返しながら、オレは自分の格好に目をやり、ため息をついた。
「クレイさんクレイさん、どうしてこうなったか、教えてくれると有り難いんですけど……」
オレのすぐ横で模擬剣の握った感触を確かめているクレイに、つぶらな瞳で尋ねてみた。
「ん~、何のことかな?」
白々しく、とぼけやがって……。
「寝惚けるな! オレのこの格好は何なんだ」
クレイに詰め寄った今のオレの格好は、フリルのいっぱい付いた白を基調としたショート丈のミニワンピースの上に、申し訳程度に防具としてブレストプレートを付けた、およそ武闘大会に出場する出で立ちにそぐわないものだった。
その上、顔にはご丁寧にも舞踏会用の仮面まで着けているので、どちらかと言えばそっちの舞踏会に出るのかと誤解されそうな格好だ。
「何って、『白き戦姫』の格好だけど?」
そう、クレイの言うとおり、その姿はオレが帝都の闇闘技大会に出場した時に正体を隠すために着たものと同じだった。
もう二度と着ることのない恥ずかしい格好だと思っていたのに、まさかこんな公衆の面前で再び着ることになるとは……。
「それはわかってる……が、何でオレがこんな格好に?」
「仕方ないだろ、リデルがこれ以上有名になるわけにはいかないんだから」
むう、それは事実なので否定はできないけど。
でも、ここで押し切られると図に乗りそうな気がする。
「いいじゃないですか、リデル。私に比べたら、ずっとマシです」
反対側からヒューが珍しく情けなさそうな声を出す。
そちらに目を向ければ、いつもとは全く違うヒューの姿があった。
例の皇帝神具であろう銀の甲冑は着けずに、革鎧の要所要所に銀色の金具を取り付け、一見すると銀色の防具を着ているように見える代物を着込んでいた。
いつもの銀の甲冑に比べればマシだが、それでも十分目立っている。
というか、見ようによってはかなり痛い格好と言えた。
「よく似合ってるよ。『白金の竜騎士』さま」
ニヤニヤしながら、クレイがヒューの登録名を告げる。
「真剣に怒りますよ。恥ずかしくて、顔から火が出そうになります」
「だろう? だから、ちゃんと顔を隠すようにしたのさ」
そう、さらにヒューはフルフェイスのヘルメットを着用していた。
それも銀色の竜をかたどったデザインで見るからに安っぽそうな造りだ。
確かに、この格好でその二つ名は心が折れる。
それに比べたらオレの方がまだマシ……いや、危ない危ない。もう少しで、クレイの術中にはまるところだった。
「君達、戦いの前によくそんな軽口が叩けるな」
ガイウスが呆れた様子でオレ達を見る。
一緒に練習したおかげで、奴のオレ達の評価はかなり良くなっていた。
やはり、オレが女とわかったのが大きかったようだ。
「しっ、皆さん、扉が開きます。お静かに!」
ネフィリカの言葉に続いて、ゆっくりと闘技場の扉が開いた。
集団戦の基本は敵味方の位置認識にあるとオレは思っている。
何故なら複数人を相手にする場合、目の前にいる相手にだけ捉われていると背後や別方向から攻撃されることが往々にしてあるからだ。
さらには、気をつけないと自分の攻撃が味方に当たってしまうことさえある。そのように、戦場では十分周囲に気を配らないと思わぬ不覚を取ることになりかねないのだ。
オレ達は互いに声を掛け合いながら、相手を迎え撃った。
「リデル、前へ出すぎるな。追いつけていないぞ」
クレイの言葉にオレは思わず斜め後ろに目を向ける。
そこには全速力で走る審判の姿があった。
そう、団体戦では出場者一人ひとりに審判が付いているのだ。
と言うのも、この大会では真剣ではなく刃を潰した模擬剣での戦闘が仕様となっていた。
そもそもカンディアの武闘大会は戦いの合間に行われる座興であって、本業である傭兵稼業に支障のない範囲で行われるものであったからだ。
したがって、勝敗を決めるのは客観的な被害判定であり、本人の考えと食い違うことも多い。
個人戦では戦いを止めてジャッジすることができるが、団体戦では他の戦いが継続している最中で、そういうわけにはいかなかった。
そのため、一人ひとりに審判が付いて勝敗の判定を行う形式となっているのだ。
ところが、オレの走る速度に審判が全く追いつけていない。
どうやら、クレイやヒューが前衛に進み、オレのような小兵は側面か背後を狙うと思っていたようで、完全に出遅れていた。
オレはちらりと審判を見ながらも、速度を緩めない。
正面と左右から前衛の三人の敵がオレに向かって殺到してくる。
「リデルさん!」
「舐めるなぁ!」
ネフィリカの叫び声と相手の前衛の怒号が交錯する中、オレは宙を舞った。
「!」
三人の頭上を越え、くるりと回転し、相手方の大将の前へ軽やかに降り立つ。
団体戦では、どんなに劣勢になっていても相手方の大将を倒せば、勝利となるルールだ。
相手の表情が歪むのを見て、にっこり微笑んで模擬剣を思い切り振るった。
「ぐおっ……」
力に耐えかねて模擬剣は根元からぽっきりと折れたが、敵の大将は盛大に吹き飛んだ。
「し、勝者。アルサノーク傭兵団……」
遅れて追いついた審判が、息を切らしながらオレ達の勝利を宣言する。
あれ、ちょっとやりすぎたかな?
あけまして、おめでとうございます。
今年、最初の更新となります。
本年も変わらずの応援をよろしくお願いします。
みまり




