ロスラム傭兵団……④
「わかった。今、聞いたものを用意すればいいんだな」
「ああ、頼む。できるだけ急いでくれ」
クレイに念を押されると、ディノンは「任せろ」と胸を叩き、部屋から飛び出していった。
「クレイさん……いったい、何を企んでいるのかな?」
オレがじと目で睨みつけると、わざとらしく神妙な顔つきしながら、手を振って否定する。
「ないない、何も企んじゃいない。疑うなんて心外だなぁ」
嘘付け! こういう顔の時のクレイは絶対何か企んでいるし、しかも大体はオレに対して悪戯しかけようとしてる時と相場が決まっている。
「それより、ヒュー。今回も悪いが、キースで通してもらうことになりそうだが、構わないか?」
オレの追及をはぐらかすようにクレイはヒューに話題を向ける。
「私は構いませんよ。ただ、こういう場所です。私のことを知っている人間が、きっといると思いますので、すぐに露見するかもしれませんよ」
「大丈夫だ。それについては、すでに手は打った」
自信満々に答えるクレイに、ついオレは皮肉を言ってしまう。
「さっきまで、あんなに反対してたのに、ずいぶん乗り気じゃないか」
「やると決めたら、楽しまなけりゃ損だろう」
「それはそうだけど……」
「まあ、そう言うな。前回のルマの武闘大会だって、出たくてうずうずしてたのを、ずいぶん我慢したんだから。それに、今回はお前と一緒に出られるんだ。テンションが上がるに決まっているだろう」
何か可愛らしいことを言っちゃってるけど、オレは騙されないからな。
「さて、出ると決めたからには、さっそくアルサノーク傭兵団に加入して大会参加の登録をしないとな。俺はサラへの出発するという伝言を訂正しに行くから、リデルとヒューはネフィリカのところへ行ってくれ」
クレイはそう指示を出し、話を切り上げようとする。
そうはさせまいと、オレがどんなに問い詰めても、結局その良からぬ企みについて、クレイは決して白状しなかった。
◇◆◇◆◇
「僕は反対です。こんな得体の知れない連中を仲間に引き入れるなんて、危険じゃないですか。確かにユールを助けてくれたことは認めますが、僕は信用できない」
「俺はガイウスと違う理由で反対です。これ以上、リデルさん達を巻き込むべきではないと思います」
ネフィリカの前に立つガイウスは苦々しく、ベッドに横たわったユールは難しい顔付きで反対の意を表明する。
オレ達は宿屋で今後の方針を決めた後、アルサノーク傭兵団に加入するために、前にも訪れたアルサノーク傭兵団の事務所に集まっていた。
「ユール、これはオレの方からネフィリカに頼んだことなんだ。だから、その考えは見当違いだよ。少しも気に病むべきことじゃないから。それと、ガイウスさんの反対理由については、これからのオレ達の行動を見て信用してもらうより他ないと思う」
オレはネフィリカが口を開く前に、二人に対し説得を試みる。
「リデルさんの言うとおりです。それにこれは願ってもない申し出だと私は思います。実際、私達には選択の余地が残されていません。ここは素直に申し出を受けるべきだと思うのです」
ネフィリカもオレの言葉を引き継いで、ガイウス達に同意を求めた。
「ネフィリカ……いや、団長が良くて、リデルさんがそう言うなら、俺としては異存はない。そもそも、大会に出られない俺の立場じゃ、強いことは言えないしね」
負傷した腕を悔しげに見ながら、ユールは頷いた。
「そ、そんなことない! ユールがいつも頑張ってくれてたのは、私が一番知ってるから」
「……ぼ、僕としては納得しかねるね。君達がオダンの手の者じゃないって証拠がない」
あれあれ、ガイウス君、ネフィリカの言葉で渋面になってるよ、若いなぁ。
けど、証拠ねぇ……オダンの手の者じゃないって証拠はないけど、オダンの手の者だという証拠もないんだけどなぁ。
ん、待てよ。もしかしたら、ガイウスの同意を得る秘策を思いついたぞ。
そもそも、ガイウスは惚れているネフィリカに悪い虫が近づくのを恐れているから、オレに対して悪感情を持っているのだと思う。
自分より腕が立ち、綺麗な顔のオレにネフィリカを取られるんじゃないかと心配しているのだろう。
だから、オレが今から話す内容で、きっと安心してくれるに違いない。
「ネフィリカ、ガイウス、ユール……君達に一つ謝らなければならないことがあるんだ」
「謝ることがあるだと!」
ガイウスが敏感に反応する。
「ああ、うん。実はね……」
何だろう、ガイウスって最初はいけ好かない印象だったけど、ここまで素直なリアクションだと、かえって親しみが湧いてくる。
「……こう見えても、オレ女なんだ」
先ほどの打ち合わせで、皇女であることは隠し通すが、女であることについては同じ団に入る上で、いろいろと面倒が生じるので、明かすことに決めていたのだ。
「えぇぇぇ――――――――!」
最初、三人はオレが何を言ったのか理解できなかったようで、ぽかんとしていたが、少し遅れて驚きの波が押し寄せたらしく三者三様の反応を見せた。
ネフィリカは口を押さえて、驚きの声を飲み込み、ガイウスは素っ頓狂な声を上げ、ユールは驚きのあまり顔が強張っている。
「ごめんよ、騙すつもりはなかったんだけど、旅の道中は危険だから自衛手段として男の振りをしてたんだ」
前にも使った気がする理由を述べると、最初に立ち直ったのはユールだった。
「なるほど、そういう話はよく聞きます。リデルさんなら、そういう配慮が確かに必要でしょう。別に謝ることはないですよ。ね、団長」
「……リデルさんが女、リデルさんが女……」
ユールが声をかけるが、ネフィリカは未だ衝撃から立ち直っていないようで、何やらぶつぶつ呟いている。
仕方なく、ユールはガイウスに目を向けたが、彼は熱に浮かされたかのようにオレをじっと見つめていた。
う~ん、何だか不穏な予感。
「そんな訳だから、加入は許してもらえるかな?」
三人から、反対の声は上がらない。
「じゃあ、これからよろしくお願いします」
こうしてオレ達はアルサノーク傭兵団の一員となった。
今年、最後の更新です。本年は拙作を読んでいただき、本当にありがとうございました。
来年も頑張りますので、どうかよろしくお願いします。
次回から、いよいよ武闘大会が始まります!