傭兵団の事情……④
オレの視線の先には『ロスラム傭兵団』の概要について記されていた。アルサノーク傭兵団が乗っ取られる形で出来た例の傭兵団の情報だ。
人員名簿には団長以下、主だった者の名前と今回の武闘大会に参加するメンバーの名が見える。
オダン・ロスラム。
それが団長の名前で、アルサノークでは副団長だった男だ。ネフィリカが打倒しようとしている相手であり、彼女達に妨害工作をしている疑惑もある。
まあ、それはいい……いや、良くはないけど、冷たい言い方をすればオレにとっては、しょせん他人事だ。
けど、こいつはそうはいかない。
オダンの次に書かれている名前をじっと見つめる。
ロスラム傭兵団の副団長『ドゴス・ベンゼル』……忘れたくても忘れられない名前だ。
◇◆◇◆◇
『やあ、リデル君。少し話しても良いかね』
『え? かまいませんけど……何か用ですか、副団長さん』
明日には敵軍と事を構えるという日の午後、俺が日課にしている鍛錬を行っていると、突然ドゴス副団長が声を掛けてきた。
めったに会話などしないし、どちらかと言えば苦手な相手なので自然と返答が固くなる。
どこなくぬめっとした印象が、どこか爬虫類を思わせて、正直近寄りたくない人物だ。
『弟がいつも面倒をかけているようで、すまないね』
『いえ、別に……』
『あいつも誤解されやすい性格なんだが、本当は気のいいやつなんだ。だから、まあ大目に見てやってくれよ』
『はあ……』
奴の性格はそんな生易しいもんじゃなかったけど、ここは適当に相槌を打つ。
早くどっかへ行ってもらいたくて、つい受け答えも、ぞんざいになる。
目上の人だから、礼儀正しくしなくちゃとは思ったが、生理的嫌悪感がそれを邪魔する。
むむっ、ホントにまずいかも……。だんだん、気分が悪くなってきた。
『おっと、鍛錬の邪魔して悪かったね。すぐに退散するから、安心したまえ。ただ、親父さんに一つ伝言を頼めるかな? 明日の戦いの配置なんだが、実は少し変更があってね。君らの隊は先陣を任された部隊の後方支援を行うことになったんだ』
『先陣ですか?』
急な配置換えに不安を覚える。
『ああ、けど大丈夫さ。弟の隊が君らの後詰を受け持つことになってるから』
えっ、そっちの方が返って不安材料な気が……。
『とにかく、指示通り頼むよ……ああ、そうだ。弟の奴がお前の後ろは俺が守るから安心しろって言ってたから』
げっ……あいつが言うと、マジに別の意味に聞こえて怖いんですけど。
『そ、そうですか。じゃ、あんたの世話にならないように頑張ると俺が言ってたと伝えてください……ゾルゲンさんに』
『ああ、もちろんだとも、リデル君……』
薄笑いを浮かべて、副団長は答えた。
後から思えば、この時すでにこいつは敵方と通じていたんだ。
だから、あの戦いの結末は始めから仕組まれていたと言っていい。
結局、オレ達の隊はゾルゲンの裏切りのせいで、オレとクレイを除き全滅の憂き目にあった。
ドゴス・ベンゼル……あのゾルゲンの兄にしてオレの父親を死に至らしめた張本人。
決して忘れることのできない仇の名だった。
「……リデル、リデル! 大丈夫ですか?」
回想に浸っていたオレはヒューの言葉で現実へと引き戻される。
「ああ、ごめん。ぼんやりしていて……知った名前を見つけて、ちょっと昔のことを思い出してたんだ」
「そうですか、それなら良いのですが。ずっと一点を見つめて動く気配を見せなかったので、何事かと思いましたよ」
どうやらヒューを心配させてしまったようだ。
でも、たぶんクレイも同様にオレのことを心配して、早期の出立を提案したのに違いない。
オレが奴の名前を見たら、きっと頭に血が上って敵討ちを言い出すんじゃないかと危惧したのだろう。
だけど、奴に落とし前をつけるようなことは、実際はできない話だ。
あれはあくまで内戦中の出来事であって、平時にそれを恨んで事を起こせば、ただの犯罪となってしまう。
ましてや、今のオレはかつてと違い皇女という身分と立場がある。
もし、ここで奴に害をなせば当然、官憲の縛に就くことになり、オレの正体を白日に晒す事になるだろう。
もちろん、そんなことはできない。
だから、仮に奴がオレの目の前に現れても、オレは指をくわえて見ているしかないのだ。
クレイはオレにそんな気持ちをさせたくなかったんだと思う。
それなら、いっそ何も知らない方がいい。
知らなければ、心が乱れることも無力感に苛まれることもない。
クレイは、自分の取った行動でオレが気分を害し、例え嫌われることになったとしても、オレが苦しむより、ずっといい……そんな風に考えたのだろう。
ホント、クレイらしい気の遣い方だ。
オレは、内心では歯を食いしばりながら、素知らぬ顔で掲示板から離れた。
クレイの心遣いを無にしないためにも、オレが気づかなかった振りをするのが一番良いことなのだ。
そう、自分自身に言い聞かせ、運営所を出ようとしたところで、先ほど別れたネフィリカに、ばったりと出くわした。