面談……⑤
「月並みな言い方で悪いんだけど、すごく良い考えだと思うよ。それに、そこまで考えてくれる領主様も、そうそういないと思う」
「ふむ、ありがとう。けれど、賞賛はいらぬのだ。率直な意見を聞かせて欲しい」
「そ、そうなんだ……じゃ、言うけど、各地の領主様が必要としてるのは集団ではなく個人じゃないのかな。経済的に考えるなら、傭兵団を雇うより優秀な傭兵個人を雇いたいって考えるのが普通だと思う。もし、大会で入賞した傭兵団の中の1人だけ雇いたいっていう場合は、どうなるの?」
「それは、傭兵団内で決めることだな。大会はあくまで武名を上げる舞台であって、雇用契約について制限を設けるものではない」
「じゃ、傭兵団枠で登録ってことなら、強者だけ集めて臨時の傭兵団をつくるのは、どうなの?」
「それも違反ではないな。ただし、最低でも5人以上での参加を義務付けてはいるし、傭兵団の登録にはそれなりの審査もある。急ごしらえで傭兵団をでっち上げても審査に通るのは困難だろう。だが、過去の実績のある傭兵団の名を借りて登録した場合はその限りではないが……」
「なんか、いろいろ抜け道が多すぎて、心配だね」
「まあ、そう言うな。初めての開催なのだ。多少の不備は付き物だろう」
「はあ……」
「がしかし、貴重な意見として聞いておこう。他にはないかね?」
「そもそもの話だけどさ、傭兵の需要はきっと……」
なくならないと思う、そう言いかけてオレは口を閉じる。
「ん? 何か言いかけたようだが……」
「い、いや何でもないから」
オレは慌てて誤魔化す。
そう、傭兵の需要はなくならない。このオレが皇帝に即位したら、必ず内乱が起きる。
どういった構図になるかはわからない。
二対一になるか三竦みになるかは、これからの持っていき方次第だろう。
ただ、はっきりしているのは、傭兵は再び必要になる。
それも近い将来の話だ。
けど、それを伯爵に決して告げることはできない。
だから、オレはぼんやりした表現で伯爵に未来を話すしかなかった。
「帝国がこのまま平穏になるとは限らないし、傭兵の需要もなくならないかもしれないよ」
「希望的観測だな、それは」
「でも、もし皇女様の身に何かあったら、前の状態に戻るんでしょ」
まあ、オレの身に何かあったら困るんだけど……。
冗談めいて、オレが言ったとたん、伯爵が血相を変える。
「お、お主、冗談でも言うて良いことと悪いことがあるのを知らんのか!」
「え……」
いきなり詰め寄ろうとしたので、驚いた髭団長が伯爵に取りすがり、クレイとヒューがオレの前に立つ。
「ええい、放せグビル! この不埒者によく言って聞かせねば……」
あ、しまった。不敬と取られても仕方のない発言だった。
「ご、ごめんなさい。口が過ぎました。反省していますので、どうかお許しください」
「伯爵様、この者もこのように深く反省しています。どうかご容赦を……」
オレが急いで謝罪すると、グビル団長も必死に口添えをする。
「…………よかろう」
大きく息を吐いて、どうにか落ち着いた伯爵は、厳しい顔で謝罪を受け入れる。
ただ、先ほどまでの友好的な態度は影を潜め、表面的な会話を少しだけして、伯爵との面談は終了した。
オレは伯爵の不興を買ったことより、この真面目な老伯爵を落胆させたことが申し訳なくて、仕方がなかった。
クレイは、オレのしでかした失敗を咎めるでもなく、そう落ち込むなという目線を送ってくれ、ヒューも同調するように頷いてくれたけど、オレの気分が晴れることはなかった。
談話室から退出すると、心配した髭団長がオレ達の後を追いかけて来てくれた。
「リデル様、申し訳ありませんでした。ご気分を害されたかと思いますが、どうかお許しください。伯爵様は情に篤いお方でございます。皇女さまのご帰還をそれはお喜びになられていたので、あのように憤慨なされたのでしょう」
「ううん、こちらこそごめん。不注意な発言をして……。つい、自分のことなんで気軽に言ってしまったけど、確かに怒るのが当たり前だし、団長にも迷惑かけたね」
オレが心底、反省して頭を下げると、団長は恐縮する。
「いえ、過分なお言葉、痛み入ります。私などに気兼ねはご無用です。けれど、私も伯爵様と同様に貴女様に、ぜひお分かりいただきたいことがございます。それは、内乱を憂いていた者達にとって、貴女様がどれほど待ち望んだ存在であるか……まさしく希望の光であることをご理解いただきたいのです」
「団長もそう思ってるの?」
「はい、もちろんです。戦争を生業としている傭兵団の団長としては、あるまじき発言ですが、戦争などないほうが良いに決まっています」
団長は静かな口調ではっきりと断言する。
ああ、やっぱりこの人はオーリエのお父さんなんだと強く感じた。
オーリエの、あの真っ直ぐな性格は団長の血を色濃く受け継いでいるのだとオレは得心する。
何だか嬉しくなって、先ほどまでの落ち込みが和らぎ、オーリエの帝都での様子をいろいろ聞かせてあげたくなってしまった。
歩きながら、オレの話を最初はにこやかに聞いていた団長だったけど、デイブレイクとの話になったとたん、渋い顔になる。
娘の成長は耳にするのは嬉しいようだが、恋愛話にはやはり抵抗があるらしい。
年頃の娘を持つ男親としては、悩ましい話題なのだろう。
泣く子も黙るグレゴリ傭兵団の髭団長も、普通の人の親だってことだ。
結局、団長はオレ達が神殿を出るまで見送ってくれた。
ちなみに、伯爵と団長が神殿にいたのは、武闘大会開催時に神官の協力を仰ぐための打ち合わせに来ていたらしい。
団長は運営側に参画しているらしく、しきりにオレ達にも協力を求めてきたけど、丁重にお断りした。
だって、どう考えても面倒そうなんだもん。