カンディア城塞都市……①
「やっとカンディアか……」
オレ達はとうとう、かねてから中間地点に掲げていたカンディア城塞都市に到着した。
カンディアは四方をカルストリ山系に囲まれたカンディーネ盆地のほぼ中央に位置しており、三重の城壁に守られた極めて強固な城塞都市だ。
領主であるオストフェルト伯爵領の中心都市であり、カイロニア・ライノニア両陣営の勢力圏の境界にある都市としてもよく知られている。
元々は東西を繋ぐ交易都市として発展してきたが、双子戦争の際にオストフェルト伯がカイロニア陣営に属したことから最前線の街となった経緯がある。
カイロニアの援助により城塞化されたカンディアは二回の内戦の内に都合四回の局地戦があったほどの激戦区で、傭兵たちにとっては良い稼ぎ場所でもあった。
前にも言ったと思うけど、オレとクレイも四回目のカンディア紛争に傭兵として参加して、カイロニア軍に勝利をもたらした立役者となったことがある。
それが、エクシーヌ公女と出会うきっかけであり、引いては現在のオレにつながるターニングポイントと言っても良かった。
そう思うと、久しぶりに訪れたカンディアに感慨深いものを感じ、オレは城壁をただひたすら見上げていた。
オレが一頻り感動しているのを他所に、回りの面々は淡々と入城の準備を始めているようだ。
どうやら、今回の面子は皆、何度もカンディアに来たことのある者ばかりで、オレのように感傷にふけったりしないみたいだ。
「リデル、そろそろ入城するんで、準備をしてくれ」
クレイに声をかけられ、前方を見ると入城門に列が出来ているのが見えた。
入城門に近づくと、怪我をしているユールを除く全員が、馬から降りて行列に並んだ。
外壁から突出した形の、それだけで小砦のような入城門で、簡単な身元確認と入城税の徴収が行われているようだ。
待つ時間を持て余して、列に並んだ人々を眺めてみると、『傭兵の街』と呼ばれるだけあって、相変わらず武装した者達の姿が目立っている。
なので、そうした者達に配慮して、傭兵専用の受付も設けられているぐらいなのだ。
まあ、傭兵団ともなれば一度に多くの人員が入城することも多いだろうから、一般旅行者と明確に分けるの当然のことだと言えた。
オレ達もそちらの受付に並んだのは言うまでもない。
ただ、傭兵団なら事前に名簿が提出してあれば、代表者の手続きだけで済むのだけど、オレ達は流れの傭兵なので、それぞれ自分の(傭兵業の)鑑札を提示する必要があった。
オレとクレイは元々が傭兵なので全く問題ないのだが、困ったのはヒューだ。
もちろん、騎士であるヒューは高名だったし、帝国発行の身元状も有していたが、今の彼は騎士志望のキース・デュアルに過ぎない。
どうしようかと思っていたら、ユールが口添えしてくれた。
アルサノーク傭兵団に加入する予定の裕福な商人の子息という触れ込みだ。ヒューの武装の充実度は、とても農民出身とは見えなかったから、そういう設定にするしかなかった。
え、嘘をついても大丈夫かって? 正直な話、傭兵には脛に傷持つ者も多い。
だから、身元確認はわりと大雑把だったりするのだ。
特に、傭兵団に所属している場合は、傭兵団自体が身元保証人となるわけで、検分もおざなりになる。
この場合、アルサノーク傭兵団がキースの身元を保証したことになったわけだ。
ちなみに、サラは芸人の、ワークは傭兵の鑑札を提示していた。
「で、クレイ。今後の予定はどうなってるんだっけ?」
無事に入城を済ませると、オレはクレイに確認する。
「当初の予定では、『桃色の口付け亭』でソフィアが待っているはずだから、そのまま直行するつもりだったんだが、まずはアルサノーク傭兵団にユールと亡くなった団員の遺品を届けるのが先だな」
「えっ、あの恥ずかしい名前の宿屋に、また泊まるの?」
「名前はあれだが、宿屋としてはかなり満足できる部類だと思うぞ」
「それはそうだけど……人にどこに泊まってるか聞かれて答えるとき恥ずかしいじゃないか」
「それがいいんだろ!」
「は?」
「お前が恥ずかしげに答えるところに、あの宿屋に泊まる意義があるんだ」
「ば、馬鹿だろ、お前!」
御者台に座ってなかったら、確実に殴ってた。
「それは、ぜひ私も見てみたいですね」
ナヴァロンから降りて手綱を引いていたヒューがニコニコしながら賛同する。
「ヒュ……キース、あんたまで……」
こいつら、妙なところで気が合うっていうか、意味がわからん。
『桃色の口付け亭』か……。
確かに店名は別にして、値段のわりに良い宿屋だった印象が残っている。部屋の清掃は行き届いていたし、従業員の教育もしっかりしていた。
あまり傭兵相手の店って感じではなかったけど、今にして思えばどうせクレイの一族絡みの店だったのに違いない。
「そんな訳ですまない、ユール。アルサノーク傭兵団の今現在の拠点に案内してくれると有り難いんだが……」
今現在の?
オレが疑問を感じていると、ユールが頷いてクレイに道の指示を始めた。