次の街へ……②
翌朝、オレ達は予定通り、西シトリカを出発した。
目指すのは当初から中間の目的地としていた城塞都市カンディアだ。そこに着いて、やっと半分だと思うと、ちょっと気が遠くなる。
まだまだ、道のりは長いなぁ。
そして、現在オレはクレイ達から離れ、独り先行してリーリムを走らせていた。溜まりに溜まったリーリムの欲求不満を解消するためだ。
決して、オレが開放感に浸るために走らせているのではないので、そこのところ誤解しないように。
それに、ワークの魔の手からリーリムを救い出すためにも、彼女のご機嫌を取るのは急務だったのだ。このままでは、どちらがご主人様かわからなくなりそうなんだもの。
まあ、とにかくリーリムが気持ち良さそうに走ってくれているので、良かったとしよう。
そう考えながら、先ほど見たクレイの仏頂面を思い出していた。
「いいか、リデル。本当は許したくないんだが、今までお前もいろいろ我慢してきただろうから大目に見るんだからな」
「うん、わかってる」
「あまり遠出しないで、すぐ戻って来るんだぞ」
「うん、なるべくそうする」
「何かあったら、むやみに首を突っ込まないで、必ず帰って来ること。わかったな?」
「わかったって言ってるだろ。しつこいなぁ」
最初、リーリムを走らせたいと申し出た時は、クレイとヒューの二人から止められてしまった。特にクレイは大反対で、オレの言い分をちっとも聞いてくれなかった。
皇女が秘密裏に旅をすること自体、かなり危険を伴う行動であるというのに、理由がわからないままバール商会からも敵意を向けられている状況の現在、用心に用心を重ねるのは当然のことだとクレイは言う。
なので、くれぐれも単独行動は避け、無用なトラブルに巻き込まれないよう慎重に旅行することが肝要だと力説された。
なんか、オレ個人に対する当てこすりのように聞こえてしまうのは、オレに疚しい気持ちがあるからだろうか。
「だけど、このままじゃリーリムが病気になっちゃうよ」
うん、リーリムだけじゃなくオレもだけど。
シトリカで長らく足止めを余儀なくされ、慣れない舞台もこなしたオレの神経は、正直かなり参っていたと思う。
だから、せめてリーリムで走って、日々の憂さを晴らしたかったのだ。
頑固なクレイの主張は鉄壁に思えたけど、オレが散々ごねた上に、馬の状態に詳しいヒューやワークが口添えしてくれたので、クレイも渋々許してくれた。
ただ、先行するオレの後ろにヒューが必ず追随することと、短い時間で帰ってくることが条件に出された。
そんな訳で、オレの遥か後方にヒューの姿がちらちらと垣間見えている。オレの開放感を損ねないように、かなり距離を保ってくれているのはヒューらしい配慮だ。
やがて、草原を思い切り走ったリーリムは、ようやく気分が晴れたのか(オレもすっきりした)速度を落とし始めたので、オレはカンディア街道に合流すべく進路を変える。
直線距離を行ったり来たりしただけなので、たいした距離は走っていない。だから、街道からそんなに外れてはいないはずだと思う。
雨季が明けたせいで少し日差しが強かったけど、草原を渡る風は意外に涼しくて、汗ばんだ身体に心地良く感じられた。
しばらく、のんびり走っていると、すぐに広い道に行き当たる。本来の旅程であるカンディア街道に戻ってきたのだ。
カンディア・シトリカ間を結ぶこの街道は今までの道と違って道幅が広く、ある程度の整地がされ、地盤の緩いところには細石などで補強もされていた。
それらは、軍勢が行軍することを想定したものであり、カンディア街道が軍用道路として重要視されていることを明白にしていた。
街道に立ち、シトリカ方面を眺めてみると、見える範囲に人影は見えない。
リーリムの気が済むまで走らせてやったので、クレイ達が追いつくのは、まだまだ先のようだ。なので、一旦オレはリーリムから降りて、一息つくことにする。
止まって休んでいれば、律儀に距離を取っていたヒューも近づいてくるに違いない。
リーリムを止めて下馬しようとしたその時、風がわずかな匂いを運んでくる。
「ん……この匂いは……」
オレはその匂いを嗅いで、眉間に皺を寄せる。
これは、間違いなく……血の匂いだ。
オレは降りるのを中止し、匂いのする方へ向かうことにした。ほんの一瞬だけ、クレイが呆れている顔が浮かんだが、あえて無視する。
誰か怪我をしていたら、助けなくちゃならないだろ?
決して、好奇心には負けたわけじゃないから。
匂いを辿っていくと、街道はつづら折れにさしかかる。カンディア城塞は山間の盆地に作られた都市なので、そこへ向かう街道は総じて急勾配になる。
そのため、馬車などの通行を考え、こうしたつづら折れが要所に整備されていた。
二つほどカーブを曲がると、急に視界が開ける。
陽の眩しさと同時に目に飛び込んできたのは、血生臭い光景だった。
十人近い集団が、一人の男を取り囲んでいたのだ。
男の近くには二人の男が倒れ伏していて、おそらく仲間だろうと思われた。他方、襲っている側の人間も何人か傷を負っていて、戦闘の激しさを物語っている。
どちらが、正義かは判別できないが、多人数による一方的な殺戮には反対だ。
オレは戦いを止めさせるべくリーリムを走らせる。
だが、集団はオレの姿を認めると囲みの一部をオレに向かわせる行動に出た。
無言で剣の刃をきらめかせながら、彼らは殺到して来る。相手の正体も見極めずに、殺そうとする輩に正義がないのは自明の理だ。
「誰だか知らないけど、助勢するぞ!」
オレはリーリムから降りると結わえておいたテリオネシスの剣を引き出すと、賊たちに構える。
リーリムは乗用馬で戦闘用の馬ではないので、これ以上の無理はさせられない。
オレに迫る賊たちは布で顔を隠し、目だけ出した風体で、一見すると野盗のように見えたが、その連携した動きは訓練されたもので、軍人もしくは熟練した傭兵のそれに思えた。
賊の先頭の男は、オレの容姿に一瞬驚いた様子を見せたが、すぐに握った剣を振りかざした。
けれど、その隙をオレが見逃すはずも無く、剣の平で思い切り横から薙ぎ払う。
相手は九の字に曲がりながら吹っ飛んで、隣のいた男にぶつかっていった。二人とも『ぐえっ』とも『ぐおっ』とも聞こえる呻き声をあげて、倒れこんだ。




