祝賀会……③
「なかなか面妖な女性でしたね」
いつの間にか、横に立っていたヒューが目を細めて、ガートルードの去った方向を見つめている。
会場に入る際に武装の持ち込みは禁止されていたので、帯剣はしていなかったが、いつでも戦える状態であったことが、動きから見て取れた。
ガートルードに不穏な気配があれば、すぐに対応してくれたと思う。
「ただの商人の娘とは、到底信じられませんし、年齢にそぐわない威圧感を感じました」
「うん、得体の知れない感じがした……クレイ、バール商会って知ってる?」
オレはヒューと反対側に立つクレイに視線を向けて尋ねた。
「知ってるも何も、ルマでひと悶着あっただろう」
クレイは苦々しく答える。
「えっ……そんなことあったっけ?」
「ほら、例の事件でダノン男爵が出資を受けて賭け闘技を仕切っていた商会さ」
「…………そんな話もあったね」
「何だその間は……さては覚えてなかったな」
「そ、そんなことないよ」
す、すいません、全然覚えていません。
「まあ、いい。バール商会は、表でも裏でもかなり手広く商売している商会だ。特に貴族相手の取引については、帝国随一と言っていい」
クレイの仏頂面にピンときて聞いてみる。
「もしかして、クレイの実家の商売敵?」
「否定はしない」
クレイの実家は確か裏社会で、かなりの影響力があったはずだ。
それに対抗できるとなると、侮れない勢力と言えるだろう。
「いったい何者なんだ、あの人? オレに、いきなりけんか売ってきたけど」
例の件でダノンを失脚させたことは、バール商会にとって痛手であったのは容易に想像できるけど。
ただ、それで恨みを買ったとしても、あの敵意は強すぎる気がした。
何か、他の理由があるのだろうか?
「考えてもよくわからんな。商会絡みなら、リデルより俺の方に敵意を向けるのが普通だろう。だが、あの女、あからさまにお前を挑発していたからな」
やっぱり、オレの勘違いじゃなくクレイにもそう見えたんだ。
「個人的に恨まれる理由が思い浮かばないんだけど」
「お前は、あちこちでいろいろやらかしてるからな。どこで恨みを買っているかわからないぞ」
むぅ、それを言われると返す言葉もない。
「どちらにしても用心するに越したことは無いですね。本当に彼女が帝都に向かったとしても、あの立場なら仕える者もいるでしょう。道中で何か仕掛けてくる可能性を考慮すべきです」
ヒューが注意を喚起するが、そうならないように祈るしかない。
ただ、最近のオレの運はすこぶる悪いような気がしてならないけど……。
「お、やっと見つけた」
サラが人の輪を抜けて、こちらへやって来る。
「全く酷い目にあったぞ。支配人の奴、都合の悪いことは市長に知らせてなかったらしく、わたし達がすぐにシトリカを立つと知って、かなりご立腹だったぞ」
どうやら、市長はあの後にサラと座長のところへ行ったらしく、二人に愚痴と不満をぶちまけたようだ。
「しつこいったら、なかったぞ……ん、どうかしたのかい、リデル? 表情が曇ってるが」
「ううん、なんでもない。質の悪いファンに出会っただけさ」
「大丈夫かい? こういう商売をしているとどうしたって、そういう輩が現れるものだからねぇ。まぁ、君なら大抵の奴なら返り討ちにできるだろうけども」
「そ、そんなことないよ…………」
サラはオレをいったい何だと思ってるんだ? そんなに攻撃的じゃないんだけどな。
ん、なんかサラの言った言葉が引っかかる。
今、『わたし達もすぐに立つ』って言わなかったか。
「サラ……わたし達もって『喝采の嵐』もシトリカから出発するの?」
「いや、『喝采の嵐』は休暇を兼ねて、しばらくシトリカに逗留するそうだぞ」
「でも、今わたし達って……」
「何を言ってるんだい。すぐに旅立つのは君達とわたしとワークに決まってるじゃないか」
「えっ?」
「安心してくれたまえ。もちろん、カンディアまで同行するつもりだ」
全然、安心なんてできない。
まさか、カンディアまで付いてくるなんて。
オレの予定では、サラ達とはここでお別れするつもりだったのに……。
「な、なんでカンディアまで?」
「ん、最初会った時にも言ったと思うが……故郷に帰る途中だからに決まってる」
そう言えば、そんなことを言っていた気もするけど、全く忘れていた。
「あの……サラさんの故郷って?」
嫌な予感をひしひしと感じながら、恐る恐る聞いてみる。
「あれ、言ってなかったかい。わたしの故郷は……」
オレはサラの返答を身構えて待つ。
「貿易都市『アリスリーゼ』だけど?」
オレは自分の運の悪さを痛感した。
◇◆◇◆◇
市長に再び会って、難癖をつけられるのも嫌だったので、オレ達は早々と祝賀会を抜け出し、『シトリカの涙』に戻った。
「しかし、リデルの厄介ごとを引き寄せる能力は、神レベルだな」
「まあ、そう言わないであげてください。本人も自覚しているんですから、可哀相ですよ」
ふん、どうせオレは運が悪いよ、悪かったな。
けど待てよ、なんとか今まで生き抜いて来られたんだから、逆に運が良いってことも……ないか。
クレイに呆れられ、ヒューに慰められながら、オレは自分の境遇を自問自答しつつ、出立の準備を始めた。
座長とサラ達はまだ祝賀会に残っているので、出し抜いて出発することも出来たけれど、オレにはそれを実行する気持ちが、さらさらなかった。
事実、クレイは安全面と日程面を考えて、その選択をすることを主張したけど、オレとしては到底受け入れられない提案に思えた。
サラは確かに得体の知れない人物ではあったけれど、終始オレに好意的だったし、人柄も行動もオレの志向に合っていた。
ちょっと男っぽいところも、破天荒に見えて実はけっこう常識人なところも気に入っている。
正直に言えばサラのことが、かなり好きになり始めていたのだ。
一緒に行動することで厄介ごとがさらに悪化する可能性も予想されたが、それでもサラを騙し討ちのような形で置いていくことだけは、どうしてもできなかった。
それにサラのような人間が、どうしてオレに近づいて来たかにも興味があった。
どう考えても、カイロニアかライノニアの密偵、もしくは諸外国のそれとしか思えなかったが、不思議なことに、どことなくそうした者達と一線を画しているような印象を感じていた。
謎多き女性だと、つくづく思う。
その正体と目的を見極めるためにも、もうしばらくお付き合いを続ける必要があるのだと、オレは自分の頭の中で無理矢理、そう結論付ける。
「クレイ、ヒュー。申し訳ないけど、何か深刻な問題が起こるまではサラと一緒に行動しようと思ってる。いいかな?」
オレの我がままに、クレイとヒューは互いの顔を見合わせた後、黙って頷いてくれた。
結局また、二人に甘えてしまうことになったけど、どうしても自分の心に嘘はつけなかったのだ。




