引き続き第三幕……②
『どうやら、これまでのようだね』
すでにワークは膝を折って動きを止めており、ソフィアは傷ついた右腕を押さえながら、サラを庇うように立っていた。
敗色は濃厚であり、サラが諦めて降参しようとした時だ。
いきなり、部下を引き連れたアレク公子が重厚な音楽を背景に登場した。
『双方、戦いを即刻、止めよ。我々はザイロニア正規軍である』
高圧的な態度で言い放つと、オレ達とサラ達の間に無理やり割って入る。
『帝都の治安を守るのは我々の職責である。よって、この騒乱は我々が預かることとする』
『お待ちください、ザイロニア軍の方々』
一方的に宣言するザイロニア軍に対し、エミリア皇女ことオレが否を唱える。
『私達は、その者達に待ち伏せされ襲われていた側です。私闘ではなく犯罪行為があったのです。お間違いなきよう願います』
オレの凛とした態度に、兵の後ろで鷹揚に構えていたアレク公子がオレを眩しそうに見つめ、側近に何か告げている。
すると、不意に兵隊Aが高らかに声を上げた。
『そちらの言い分は理解した。この者達の取調べはこちらで行う。しかしながら、問いただしたいこともある故、同行を願いたい』
その申し出に、クレイとヒューが一気に緊迫感を漂わせる。
観客も、突然現れた黒幕であるアレク公子がエミリア皇女を拉致するのではないかと、固唾を飲んで見つめた。
……と、そこへ座長扮する騎士が一人駆け込んでくる。
『待たれよ、そこなザイロニアの将兵、待たれるがよい!』
その出で立ちは、本物のカイロニア正規軍の近衛騎士を模した格好だった。
『我らはガイロニア軍である。貴君らに問いたい。帝都周辺は約定により中立地帯となっておる筈である。どのような企図での進軍か、お教え願いたい』
ガイロニアはカイロニア公国を、ザイロニアはライノニア公国を暗に示している。
座長は近衛隊長の役回りで、座長の後ろ……客席からは見えない舞台の袖の奥に多くの兵が控えている設定の演技だ。
まさに両軍、一触即発の状態を表現していた。
『両軍、お待ちなさい』
その険悪な状態の両軍の間に、オレはすっと立ちはだかった。
舞台上の全員が、そして観客も一斉にオレを注目する。流れていた音楽も不意に止み、一瞬で劇場は静まり返った。
誰かの息を呑むのがわかるほどの静寂の中、オレは物理的な圧力さえ感じられる視線に少しも臆せず、ゆっくりと口を開いた。
『私は皇位継承権第一位、エミリア皇女です』
厳かに宣言すると、どよめきが小波のように広がる。
その様子にオレはにっこりと微笑んでから、言葉を続けた。
『両軍とも、私の出迎えのため、大儀でありました』
こうして、両軍があわや小競り合いに発展しそうな局面を、エミリアの機転でかろうじて回避される。
中立地帯を行軍していた理由を皇女の出迎えのためと言い訳することで、両軍の行為を正当化し、休戦条約違反に抵触しないようにしたのだ。
最初は、失踪していた皇女の突然の生還に疑心暗鬼だった両軍であったが、戦闘回避の口実として渡りに船だったことと、アレク公子の積極的な働きかけにより、エミリアの言い分を肯定するに至った。
その結果、エミリア皇女の帝都帰還はザイロニア・ガイロニア両軍が護衛を行うという実に華々しい入城となった。
帝都は皇女の奇跡の生還を祝して、街を挙げてのお祭り騒ぎとなった。
そんな中、エミリア皇女の顔色は優れない。
それは、帝都に着いて明らかになった、次の事柄のせいだ。
すなわち、『皇女と婚姻した公子が次の皇帝となる』というデュラント三世が遺した神託の存在による。
村娘から一気に皇女の座に登りつめた境遇に人々はその幸運を誉めそやしたが、何故なのか自分でもわからない憂鬱な気分でエミリアは毎日を過ごしていた。
道中一緒だったレインの姿が帝都に入る際には消えていたことが、その気鬱の一因であることに当のエミリアは、まったく気づいていなかったのだ。
そんなある日、皇女に謁見を求める者が皇宮に参上した。
『ガイロニア公国公子のレインフェルトでございます。エミリア皇女殿下』
『えっ……』
エミリアは驚いて相手を見つめると、その目が笑っている。
『いろいろしがらみがあって、遅くなったけど帝都帰還おめでとう。よく頑張ったよ、君は』
エミリアは、気持ちが軽くなるのを感じながら、気分が優れない本当の理由に初めて気づくのであった。
その後、出立を告げに白銀の騎士リューが再登場し、最初に出会った時からレインが公子であることに気づいていたことを打ち明ける。
身分を隠しているのには何か理由があるのだろうと、あえて追及しなかったのだそうだ。
自分だけが知らなかったことに、少し拗ねるエミリアに白銀の騎士は微笑しながら言った。
『貴女もご身分を隠していたのですから、お互い様だと思いますよ。それより、本日参上いたましたのは、お暇を告げに参ったのです。ここまで貴女を送り届けるという役目も終わりましたので、修行の旅に戻ろうと思いまして』
『え、もう行ってしまわれるのですか?』
『大丈夫です、必ず戻って参りますから。(必ず、貴女に仕えるのにふさわしい人間となって帰って参ります)』
後半の言葉を笑顔に隠して、白銀の騎士ことリューは皇宮を去っていった。
舞台は、エミリアの淡い恋心を映し出しながら、ますます混迷を深める帝国の状況をナレーション(サラ)がしっとりと告げて終幕となった。
拍手と喝采が鳴り止まない中、カーテンコールが始まり、次々に出演者が出て行く。
最後にオレと座長が残った。普通なら、座長が最後に登場することが多いのでオレが先に出ようとすると、座長が押しとどめる。
「君が最後ですよ」
そう言って座長が舞台へ出て行ったが、客席の困惑している様子が聞こえてくる。
「エミリア様は?」「何でおっさん?」「おっさんは引っ込んでろ」などの声が上がっているようだ。
か、可哀想に……。
観客の非難の声を意に介さず、座長はにこやかに声を張り上げる。
「皆様、座長のソルメロスでございます。本日は『喝采の嵐』の公演『聖皇女の帰還』をご覧いだだき、真にありがとうございます。お楽しみいただけましたでしょうか?」
座長の言葉に観客席から「楽しかったぞ」「最高だったよ」などの反応が返ってくる。
座長はその声に一つ一つ頷きながら、黙したまま場が治まるの待つと、客席は徐々に静かになっていった。
それを確認すると、座長は再び口を開いた。
「皆様の素晴らしいお言葉に、ただただ感謝に堪えません。いろいろと準備不足もございましたが、当一座としましては最大限の出来と自負しております。しかし、ここまで盛況となったのは、ひとえに皆様方の応援の賜物と言えましょう。そして……」
座長は、一呼吸置いて舞台袖にいるオレに視線で合図を送る。
オレはゆっくりと舞台の中央へ向けて歩き始めた。
「今回の成功の立役者は、やはりこの人。リデル・フォルテの登場です」
オレの姿が舞台に現れると、観客は一斉に立ち上がり、拍手と歓声を上げる。
皆、口々に何か言っているようだけど、声がたくさん過ぎて聞き取れない。
オレは座長の隣まで進むとお辞儀をする。
より多くの歓声が上がるが、オレが話し出そうとすると、ぴたりと止んだ。
「あの……みんな、見に来てくれてありがとう。その……みんなが喜んでくれたのが一番嬉しいです……」
緊張で頭が真っ白になって、気の利いた言葉が出てこない。
でも、それが良かったのか観客は大喜びで拍手してくれた。