秘密厳守で調査いたします③
赤月亭に戻るとヒューが、すでに帰ってきていた。
オレの顔を見ると不思議そうに尋ねてくる。
「どうしました? 浮かない顔をして」
「べ、別にそんなことないよ」
図星を差されて慌てて否定する。
「そうですか? 元気がないように見えたので……」
さすがはヒュー、些細な変化も見逃さないな。
「ねぇ、ヒューは人を好きになったこと、ある?」
オレがためらいがちに質問すると、ヒューは少しだけ目を見張り、優しい笑顔で問い返す。
「それは異性のことですか?」
異性?……同性……やっぱり異性か。
「たぶん、異性」
「もちろんありますよ」
ヒューはにこにこしながら頷く。
意外だ……闘うことしか興味がないと思ってた。
「それって、どんな人? 何で好きなの?」
不躾な質問だと気付く余裕もなく、オレは質問した。
「さあ、何故でしょうか、ずいぶん昔のことでよく覚えていませんが……とても素敵な人でしたよ」
「恋人だったの?」
「残念ながら……私よりずっと年上の人だったので、相手にされませんでしたね」
昔を懐かしむかのように目を細める。
「でも、とても良い思い出になっています。今の自分があるのは、その頃思い悩んだ自分があったからだと思っていますよ」
「そうなんだ……」
ヒューはじっとオレを見つめると囁くように言う。
「クレイのことですか?」
「えっ!ちょ…… ち、違うよ。そ、そんなんじゃないよ。アイツとは腐れ縁なだけで……」
ヒューは一つため息をつくと、諭すように言った。
「クレイは素晴らしい男性です。考え方や行動が公明正大で、やり遂げる強い意志が感じられ、侠気もあります。人として信頼に足る人物と言えるでしょう。彼と一緒にいて好意を抱くのは、ごく自然なことだと思いますよ」
知ってる。男の時のオレはクレイを尊敬してたし、大好きだった。
けど、今のオレは……。
「クレイのこと好きではないんですか?」
「……よくわからない」
ヒューは何か言おうとして、口をつぐんだ。
オレは泣きそうな顔をしていたんだと思う。
「おっ! 二人とも帰ってたんだ」
突然、後ろから能天気なクレイの声がしてオレはビクッとした。
「あれ? 何んなの、この気まずい雰囲気は……ひょっとしてお邪魔だった?」
クレイは赤月亭に入ってくるなり、悪気なく軽口をたたいた。
「リデル、男は狼だからヒューとはいえ、二人きりは危ないぞ」
一階の誰でも入れる食堂で話してるだけで、二人きりだなんて、よく言うよ。それに誰のせいで、こんなに悩んでると思ってんだ。
「ヒュー、悪いことは言わん。こんな我がままで、貧相な体型のリデルなんかじゃなく騎士様に相応しい清楚な美人に告白したほうがいいと思うぞ」
清楚な美人…………貧相な体型……!
「クレイなんか大嫌いだ!」
急に目頭が熱くなり、こみ上げてくるものを抑えて、オレは階段を駆け上がった。
「クレイ……あなたって人は……」
ヒューの嘆息を背に聞きながら。
夕方になって、クレイがオレの泊まっている部屋に、わざわざやってきて頭を下げた。
「リデル……ごめん。今の状況のお前の気持ち、一番わかってやれる俺が、あんなひどいこと言って」
あの後、クレイとヒューがどんな話をしたかは知らない。けど、神妙な顔付きで謝るクレイを見ていると、不思議に怒りは感じなかった。
まぁ、階段を駆け上がった後、無性に悲しい気分になり、枕を涙で濡らしながら寝てしまったので、すっきりしたっていうのもあるかも。
最近、やたら涙腺が緩くなった気がする、気をつけなきゃ。
「いや、オレの方こそ、いきなり怒ってゴメン」
冷静になって考えれば、オレが男だろうと女だろうと、クレイはクレイなんだ。気持ちを変える必要なんてなかった。
今まで通りで良いよね、クレイ?
「本当に悪かった、今後は気をつける……つい、前のお前のつもりで、からかう癖が抜けなくて」
「いいよ、そのままで。オレ達の友情は変わらないから」
「…………ああ、そうだな」
うん、それでいいんだ。
「それより、お腹空いた」
そういや、昼飯食べそこなってた。
「そうだ、夕食に呼びに来たんだ。それと今後の話もしたい」
「わかった、先に行ってて。すぐ行くから」
「ああ、わかった」
オレは扉を閉めると、身だしなみを整えようと鏡を見た。目を赤くした女の子が映ったので、にっと笑ってみせる。鏡の娘が自然な笑顔になったのを確認してから、身支度を始めた。
「そうか、ダノンって奴が怪しいんだな」
夕食を済ませた後、オレが今日の探索の成果を報告するとクレイは嬉しそうに言った。
「やったな、リデル。よく調べたな」
「たまたまさ」
以前のオレなら、クレイに褒められるだけで得意になるところだけど、今は素直に喜べない。
清楚美人さんとの会話を思い返すと、それくらいの情報は既に入手済みなんじゃないかと勘ぐりたくなるからだ。
「ダノン男爵が黒幕とすると、目的は何でしょう?」
ヒューが疑問を投げかける。
「裏賭博が関係してるんじゃないかな?」
オレの推論を言ってみた。
「そうだな。裏賭博の中で、一番大きなものを『バール商会』というのが取り仕切っているんだが、その出資者にダノンとやらが関係しているという噂は聞いた」
ほら、やっぱりオレより詳しい情報を掴んでる。
「なるほど、ラドベルクが出場すれば賭け金は3割増しとの話ですしね」
「そう、しかも圧倒的な強さのラドベルクが決勝で負ければ……」
「大金が動く」
オレが呟くと、クレイは腕を組んで考え込む。
「ラドベルクに八百長させるために、イエナを誘拐したんだ」
オレが断言すると、ヒューも同意する。
「確かに動機として十分ですね」
「お金のために、罪もない女の子を誘拐するなんて……」
オレが憤慨していると、クレイの様子が変だ。
「クレイ、どうかした?」
「いや、少しひっかかるんだ」
「どういうこと?」
「ダノンは今までも裏賭博でかなりの利益を上げていた筈だ。それ以上、何を望む? リスクに対して旨みが少ないように俺には思えてね」
「お金に執着している奴に、際限なんてないさ」
「そうかな……」
クレイの否定的な考えに、思わずカチンと来る。
「何かまだ隠してる情報でもあるのか?」
「いや、何もない……あるとすれば、俺の勘だ」
オレは馬鹿にしたようにクレイに言った。
「クレイらしくないな。いつもあんなに情報にこだわるのにさ」
「そうだ……だから、あまり強くは言えない」
「気にしすぎだよ」
クレイは、まぁそうかもなとその話題を切り上げた。
結局、ダノン男爵にイエナが拉致されているという前提で話は進められ、その監禁場所の特定を急ぐことになった。
とはいえ、この広いルマ市の中から女の子一人の居場所を探し出すことの困難さは想像に難くなかった。
ダノン邸が当然、怪しいのだが、周辺の聞き込み等の直接の探索は相手に気づかれる公算が大きいため、物資の搬入や人の出入りを調べる等の間接的な探索にとどまった。
日も短く大会前の慌しい時期もあって、芳しい結果は得られなかった。
その後オレも、何度となく『英雄の憩い』に出向いたが、本当に宿を引き払ったようで、ラドベルクとも会えずじまいに終わった。
そして、そうこうしている間に、ついに大会が始まった。




