第二幕……③
『あの……どなたかは存じませんが、ありがとうございました』
助けられたエミリアが謎の男に礼を述べ頭を下げる。
『いや、礼を言われるほどのことはしてないさ。それに……』
レインはエミリアの隣に立つ騎士の姿を見て言った。
『そちらの騎士さん一人でも何とかなっただろうよ。俺はしなくていい余分なことをしただけさ』
『いえ、そんなことはありません。貴方のご助力がなければ危ないところでした』
素直に劣勢を認めるリューにレインは感心したように目を丸くする。
『へえ~驚いた。騎士様ってのは決して自分の不利を認めないもんだと思ってたけど、あんたは違うんだな』
『客観的な事実を述べたに過ぎませんよ』
『ふ~ん、まあいいけど。俺はレイン、しがない傭兵だ。あんた達は?』
『私はリュー・ヒューウイックと申す者、故あって、こちらの方をお助けしている身です』
『わ、わたしはエミリアと申します。あの……さきほども言いましたが、お助けいただき本当にありがとうございました』
レインの視線を受けて、エミリアは顔を赤くし慌ててて自己紹介する。
『何か訳有りみたいだな、あんた達。あんな奴らに狙われるなんて』
その問いの答えに躊躇っていると、レインは思いついたように言う。
『なあ、あんた。俺を雇わないか? 腕にはちょっと自信があるんだ。そんなに悪い取引じゃないと思うぜ』
『え?』
突然の申し出にエミリアは戸惑う。
助けてはくれたが、素性のよくわからない人間を同行させることに騎士様は心配げであったが、エミリアは決断する。
『……それではお願いします』
何となく、この憎めない傭兵が信用できる気がしたのだ。
こうして、エミリア皇女一行に、新たにレインが加わり、第二幕が終了した。
◇◆◇◆◇
次の日の午後の公演も第二幕を上演した。昨日、見られなかった観客の要望に応えた形だ。
そして、来場したお客の大半は女性客だった。
というのも元来、宿場町のように人が集まるところには女性の仕事は多い。給仕だったり雑用だったり……夜のお仕事だったり、需要にこと欠かない。
ましてや、河止めで宿泊客が溢れているシトリカの現状だ、近隣の街や村から大挙して女性達が働きに来ていた。
夜の部は、ちょうど彼女達の仕事の書き入れ時であるため、見に来られない者も多かったのだ。そのため、昼の飲食業のひと段落した後の午後の公演はそうした女性客の憩いの場となっていたのだ。
「以上を持ちまして、午後の部を終了いたします。本日は『喝采の嵐』の公演をご覧いただき、まことにありがとうごさいました。またのご来場を心よりお待ち申し上げます」
幕が下り、座長の終了を告げる口上の後も、なかなか席を立たず周囲の者達とおしゃべりをする女性客達。夕方まで、まだ時間もあるせいか、ずいぶんゆっくりしている。
オレは帽子を目深に被り、地味な格好をして、彼女たちの邪魔にならないように客席の確認と片付けを始める。
客席に忘れ物や大きな汚れがないかを見極めるためだ。もしあれば、回収と簡単な清掃を行う。
本来は、他の座員達がやることになっていたのだけど、二日続いた擬闘場面のせいで、軒並み動けなくなっていたため、若くて元気なオレが駆り出されたのだ。
バレないように注意しながら、席を見て回っていると女性客の会話が聞こえてくる。
「今度のレイン役の彼もかっこいいわね」
「ホント、憎めない感じで可愛いです」
「うちに飲みにきたら、いっぱいサービスしちゃうのに」
お姉さま方にも、新たに登場したクレイの評判は上々のようだ。
そして意外にも人気だったのは、
「あそこまで病的に愛されたいわね」
「危なっかしくて見てられません、それが良いんですけど」
「私なら、すぐ求愛を受け入れちゃうのに……」
悪役の筈のアレク公子だ。
何故なのか? 乙女初心者のオレにはよくわからなかったけど、一部の女性に大人気のようだ。
「でも、私の本命は白銀の騎士様なんだから」
「もう、あんたの美形好きには呆れるわね」
「美形なだけじゃないって。あの優雅な物腰、優しいまなざし、甘い声……ああ、たまらないわ」
「あんた……よだれが出てるわよ」
つり目のお姉さんが色っぽいお姉さんに突っ込みを入れていると、もう一人の眼鏡のお姉さんがしみじみと言う。
「それにしても、リュー様とレイン君……クールな騎士とやんちゃな傭兵の組み合わせって……」
「そう、それよね、やっぱり!」
(リュー、俺はあんたのことが……)
(よさないか、レイン。私にはお仕えすべき方がいるのだ)
(そんなことはわかってる。でも、この気持ちに嘘はつけない」
(レイン……)
「萌えるわ~!」
お姉さま方の声がハモる。
オレは、何か近寄ってはならない邪悪な波動を感じ、こそこそ逃げようしたところで、少し気になる台詞を耳にする。
「そう言えば、あんたのお爺さんって、まだ市長さんに楯突いてるの?」
「え、別に楯突いてるって訳じゃないですけど」
こっそり覗くと、問題のお爺さんの孫娘は眼鏡のお姉さんらしい。
「どういうこと、それ?」
事情を知らない色っぽいお姉さんが尋ねると、最初に質問したつり目のお姉さんが説明してくれる。
オレとしても興味津々だ。
「この娘のお爺さんって、今は壊れて使えないけど、あのシトリカ大橋の管理責任者だったんだって」
「へえ、お偉いさんだったんだ」
「そうらしいよ。だけど、橋が壊れて仕事が無くなった上に息子さん……この娘のお父さんも内乱で亡くなったんで、この娘が働きに出てるみたい」
「べ、別に私は自分が働きたくて働いているのであって……家が借金を抱えてるせいではありませんから……」
「借金、あるんだ」
「な、無いと言ったら嘘になりますけど……」
「それでそのお爺ちゃんが、何で市長さんに楯突いてる訳?」
話が良くない方向に進むのを軌道修正するように、爆乳のお姉さんが話題を最初の質問に戻す。
「だから、楯突いてませんから。ただ、橋の再建を毎回、お願いしてるだけです」
橋の再建……それはどう考えても無理な話だ。
帝国が一枚岩ならともかく、この状況下では政治的にも財政的にも不可能な事業だろう。たかだか一市長に提案されても無理難題と思われるのが落ちだ。
楯突いていると取られても仕方がないかもしれない。
やがて、暗い話を払拭するようにお店の客の悪口で盛り上がる彼女達から、そっと離れオレは楽屋へと戻った。
「お、戻ってきたな。確認、ご苦労さん」
「お疲れ様でした、リデル」
楽屋に入ると、噂の二人が出迎えてくれる。
クールな騎士とやんちゃな傭兵……ぷぷっ。
「何、笑ってんだ?」
「どうかしましたか?」
二人が不思議そうな顔をするものだから、余計に笑えてきて必死に我慢する。
「い、いや……ふ、二人ともお客さんに大人気だったよ…………セットで」
最後の方は小声になる。
もし、女性陣の妄想がバレたらクレイはともかく、ヒューはショックで立ち直れないかもしれない。
「それは良かった。お芝居するのは初めてのことなので心配していましたが、それなら一安心ですね」
うん、ほんの少し棒読みのところも朴訥な感じが出ていて、高評価だよ。
「まあ、俺にとっては造作も無かったな。何をやらせても、俺は一流だから」
嘘付け! 台本チェックもしっかりやって、密かに台詞の練習してることだって知ってるんだからな。
「……それより、サラの鞭使いには驚かされたよね」
クレイの戯言をあえて無視して、ヒューに話を向ける。
「本当ですね。あれなら実戦でも十分通用するでしょう」
「うん、オレもそう思った。だけど、脚本書いて、演出もして、舞台に立って、その上武芸もできるなんて、ホント有能だよね。ちょっと憧れるな」
「いや、リデル。あれは有能なんてもんじゃない、異常だ。とても只者とは思えない」
クレイが真面目な顔で断言する。
「護衛のワークにしてもそうだが、一介の旅芸人というには、あまりにも無理があり過ぎる」
「我々が一介の傭兵と言い張るのと同じくらい無理がありますね」
「ヒュー……じゃなかった、キース、混ぜっ返すな」
「すみません。けれど、こちらが向こうのことを怪しいと考えているなら、向こうも同じように考えていると思いませんか」
「それはそうだが……」
「今のところは良好な関係を保っているのです。どのような理由で素性を隠しているかはわかりませんが、あえて、波風を立てない方が賢明でしょう。仮に、このままの状態が続いたとしても、我々が油断しなければ、遅れを取ることはないと思いますよ」
ヒューの意見にクレイも渋々頷く。
「そうだな、確かに怪しいのは間違いないが、こちらに危害を加えるとは限らないしな」
「ええ、現在は上手くいっていますし、前向きに考えましょう」
「クレイ、オレもヒューの意見に賛成だ。寝た子を起こすような真似は避けた方がいいと思う。それに、そんなに深く考えなくても、河止めが明けたら、さっさとサラ達と別れてカンディアへ向かえばいいのさ」
オレの楽観論にクレイとヒューは顔を見合わせたが、この時のオレは今の事態をそのぐらい軽く考えていたのだ。
けど、実際の物事はそう簡単には進まないことを、後々痛感することになる。
ちなみに、待ちわびていたピレゼウ河の河止めは、翌日に解除された。