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いつまでも可愛くしてると思うなよ!  作者: みまり
いいかげんにしないと怒るからね!
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初舞台……③

『騎士様、危ないところをお助けいただき、ありがとうございました』


 オレはヒューに駆け寄ると、お礼の言葉を述べる。


『いえいえ、礼には及びません。私は諸国を巡って修行を行っている身。悪を正すのも修行の一つです』


『それでも感謝いたします。わたしはエミリア、騎士様はもしや……』


『リュー・ヒーウィック(ヒューの劇中での役名)と申します』


 爽やかに微笑むヒュー。会場からは女性のため息がもれる。


『やはり、貴方様は白銀の騎士様……』




『これが皇女エミリアと白銀の騎士の最初の出会いであり、幾多の冒険の始まりであった』


 サラのナレーションが厳かに入り、座員の楽士が静かな音楽を奏でる。


 オレ達はその音楽に合わせて舞台の袖へゆっくりと戻り、舞台は幕を閉じた。




「どうだった、クレイ?」


「どうも何も、観客の声援と拍手が聞こえるだろう?」


 袖に帰ったオレは、いの一番にクレイに感想を聞くと、クレイは舞台の方に視線を向ける。


 そこには鳴り止まない拍手と公演の出来を讃える声援が響いていた。


 オレの初舞台は、まさに大成功と言えた。




「いやあ、君達すごいじゃないか! 久しぶりに手に汗を握ったよ」


 座長よりも早くホテルの支配人が楽屋に飛んできて、オレ達をべた褒めした。

   

「いえ、それほどでも……」


 支配人のテンションについて行けず、戸惑うオレの返答は薄い。


 初舞台を終え、ほっとしたせいか急に疲れが出て、正直な話、すぐに横になってゆっくりしたかった。


「しかし、あの可憐な美少女が、まさか男だなんてね。みんなが知ったら、さぞかし驚くだろう」


 けど、支配人さんは興奮していて話が終わりそうにない。


 どうしよう、無茶苦茶眠くなってきた……。


「支配人、その話は秘密に願いますよ」


 横からサラが会話に加わり、支配人の注意をオレから逸らしてくれる。


「え、何故だね?」


「ヒロイン役の素性が不明な方が人気が出ると思いませんか?」


「ふむ、それもそうか。エミリア役の役者が男だというのはここだけの話とした方が良さそうだ……いいかね、ここにいる諸君! そういうことだから、絶対に秘密を漏らさないように。もし、漏らしたら給金は支払わんからな」


 うわっ……小さい男。


 何か、後々面倒なことにならなきゃいいけど。


 オレの心配を余所に、支配人は座長を呼ぶと今後についての打ち合わせを始めたので、オレは眠い目をこすりながら、サラに礼を述べる。


「サラさん、ありがとう。助かったよ」


「いやいや、当然さ。君のおかげでわたしの書いた脚本ほんは大好評だったからね。これぐらいじゃお返しにはならないさ」


「サラさんがそう言ってくれると、オレも肩の荷が下りるよ」


「何を言っているんだい、まだまだこれからじゃないか。舞台は今日始まったばかりだよ」


 その通りだ、今日が始まりの日だった。


 まあ、緊張はしたけど、けっこう楽しめたのも本音だし、人から注目されたり賞賛されるのも、思ったより嫌いじゃない。


 どうなるかは保証できないけど、もう少しがんばってみようと思う。




「それより、リデル。キースに謝っておいてくれるかな」


 キースことヒューは公演後、殺到した女性客に囲まれて談笑中(?)のため、まだ楽屋に戻って来ていなかった。


「どういうこと?」


「かなり憤慨していたようだからさ」


 おお、オレ以外にもヒューの不機嫌さがわかる人がいたんだ。


「やっぱり、怒っていたよね。でも、どうしてなんだろう?」


「それについては、全面的にわたしの責任と言っていいだろうな」


「え?」


「ワークとの擬闘の最初の一撃、本気でいけと命じたのはわたしなんだ」


 ああ、それで最初の一振りは、あんなにも力が入っていたんだ。


「事前の打ち合わせもなく、いきなりの本気の攻撃だったんで、キース殿はおかんむりになったという訳さ」


 なるほど、腕の立つ男だとわかって、あれぐらいの攻撃はくるだろうと予測していたから大事には至らなかったけど、何の警戒もしていなかったら危なかったかもしれない。


 ヒューが怒るのも無理もない……他人にはそう見えないだろうけど。


 でも、サラは何でそんな命令したんだ?


 オレが疑問を感じていると、サラがしみじみと言った。


「しかし、普段冷静な彼からは想像もできないね。よっぽど麗しのお姫様が大切なんだねぇ」


 オ、オレがお姫様? まさか、女だってバレた?  


「おや、何を驚いているんだい?言葉のあやだよ。常々、思っていたんだが、キースさんって、君に仕える騎士みたいに見えてね。まさに『お姫様と騎士』って感じさ」


「そ、そんなことないよ」


 バレてなかった……。


 ほっとしたせいで、返事が口ごもってしまった。


「しかし、君は男の子なのにすごいな。あんなハイレベルな男二人を手玉にとるなんて、ぜひご教授願いたいものだね」


 サラは興味津々といった感じでオレを見つめる。


「ふ、二人とはそんな関係じゃありません! ただの友達です」


 思わぬ質問に焦ったせいか、オレの声は微妙に甲高くなる。


「何もそんなに真っ赤になって否定しなくても…………うん、からかって悪かったよ。だから、落ち着いてくれ」


 耳たぶまで熱くなっているようだから、オレの顔はサラの言うとおり赤くなっているのかもしれない。


 あああ、恥ずかしい。


 おかげで眠気は吹き飛んでしまった。




「サラさん、次の俺の出番のことなんだが……」


 そこへ、オレの赤面の原因がひょっこり現れる。


「何かね、本命のクレイ君」


「は?」


 怪訝な顔で、クレイはオレとサラさんの顔を見比べる。


「な、何でもないよ、クレイ。こっちの話だ」


 オレはサラをキッと睨んでその口を封じてから、クレイの会話への参加を許す。


 サラは口を押さえて神妙にしていたが、目が笑っている。


「で、いったい何の用だって?」


 ああ、と首を傾げていたクレイは思い出しように話し始める。


「いや、俺の役の『レイン』って男、設定が謎過ぎて、とても役作りができないんだが……」


「え、そうなの?」


 どれどれと、台本のレインの設定を見てみる。


 『レイン』……年齢、経歴不詳。正体不明の謎の剣士。 


 たった、これだけ?


 これじゃ、さすがに役作りも何も無い。


「大丈夫だ、クレイ君。エミリア姫を想う強い気持ちが表現できれば、それだけでばっちりさ」


「はあ……」


 今ひとつ納得できていないクレイの表情は不満げだ。


「なあに簡単だよ。普段どおりの君でいればいいのさ」


「普段どおり?」


「ああ、リデルを想う気持ちをエミリアに置き換えればいいだけのことじゃないか」


「な、何言ってんだ、あんたは!」


 珍しく狼狽するクレイの姿に、オレは「ははは……」と苦笑いするしかなかった。


 普段、オレのことそんな風に想ってるのか、クレイ?


 嬉しいけど、さすがにちょっと引くぞ。 

 


「からかうのも大概にしてくれ。あんたと話しても埒が明かないようだから、適当にやらせてもらうぞ」


「ふむ、適当は困るな」


「じゃあ、もっと詳しい設定を教えてくれ」


「それは無理だな」


「どうしてだ?」


「話の先がわかってしまったら、面白くないだろう?」


 サラの発言にクレイだけでなくオレも頭を抱える。


 こういうタイプは、物事を面白いか面白くないかで判別する駄目な人達だ。


「それにさっき言ったのは、冗談でなく本気だったんだが……」


「それって、普段どおりでいいって話?」


 げんなりしながら、オレはサラに聞き返す。


「ああ、そうだとも。クレイ君は、君に対して恋慕の情とは別の何かを持っている気がするね。それのせいで、越えられない一線を自ら引いている。感情に流されないように気をつけているんだと思うよ。違うかい?」


「……」


 サラは穏やかな目でクレイに問いかけたが、クレイの奴は黙したまま答えない。


「まさしくそれが『レイン』の立ち位置そのものなのだよ。だから、クレイ君、そのままの君を演じてくれれば構わないんだ」


「……勝手にしろ」


 クレイは、吐き捨てるように、そう言うとオレ達に背を向けて部屋から出て行った。


 いつも飄々としているクレイとは似ても似つかない表情だった。


「おやおや、怒らせてしまったかい。人間は図星を指されると不機嫌になるものだね」


「サラさん、貴女って人は……」


「おっと、これはすまない。商売柄のせいか、他人を怒らせてしまうのが得意でね。後で、君からも謝っておいてくれたまえ……そうそう、それと普段どおりっていう演技指導は君にも当てはまるんじゃないかと、わたしは思っているのだけど……」


 悪びれないサラが、オレには今までと違う人間に見えた。


 もしかしたら、オレ達のことを全て見透かしているんじゃないかという、ありえない妄想にとらわれる。


 これが文芸家としての観察眼によるものだとしても、サラはやはりただ者ではないとオレは感じた。


「サラ、これからの予定を決めたいと支配人さんが呼んでいるのだが……」


 オレがサラに対し密かに戦慄していると、座長がサラに話しかけてくる。


「ああ、こちらもちょうど話したかったんだ。リデル、わたしはこれで失礼するよ」


 一礼して立ち去っていくサラの後姿をオレは呆然としながら見送った。


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