初舞台……①
「絶対、無理だって!」
「大丈夫、リデルなら何とかできます」
ヒューの根拠の無い断言に、オレは涙目で応える。たぶん、ヒューも本当は無理だとわかってるんじゃないかと思うけど、そんな素振りは全く見せない。
新生『喝采の嵐』が初舞台を迎えていた。
それも驚くなかれ、オレが出演を了承した翌日の話なのだ。
え、そんな無茶苦茶な話があるかって?
オレもその感想に大いに同意する。というか、本当に勘弁して欲しい。
熟達した役者ならともかく、オレは正真正銘の素人なのだ。
上手くやれる訳がない。
で、冒頭の台詞に戻るのだけど、どう考えても無茶を通り越して無謀としか言いようがない状況だと思う。
一座と顔合わせし、サラの提案を無理やり受けさせられた後、話はとんとん拍子に進んだ。
というより、すぐにでも興行を行うのが当たり前の話で、座の人員が変わったからと言って待ってくれる雇い主は普通はなく、座長の顔に免じて、かろうじて翌日の晩の公演まで譲歩してくれたのだと聞いた。
無駄飯を食わせるほど、施設側は寛容でないので、昨日の泊まり分は当然自腹となった。
そして、一座はすぐに新しい演目の準備を始めたが、幸いというか、当初かけようとしていた『オルベスの首飾り』の背景や衣装が新作にほぼ利用できたので、少しの手直しだけで済むことになった。
まあ、その手直しっていうのも、クレイの方がフォルヴァインさんより体格が良かったことと、オレとミルファニアさんの……そのスタイルが若干違っただけで……。
そこ! 何か言いたいことがある奴は前に出ろ。
言い分を聞いてやる。
ただし、その後どうなるかは責任持てないからな。
まあ、冗談はさておき、舞台関係は一応大丈夫になったのだけど、問題は役者の方だった。とにかく、台本も完全にできていないし、台詞も主要なものしか決まっていなかった。
なので、台本の台詞以外は、ほぼアドリブで即興劇と言って良いレベルなのだ。
つい最近、自分のアドリブ力に疑問を感じ、反省したばかりというのに、また厳しい試練を受けることになってしまった。
ただ、一回あたりは長い演目ではなく、短い話を連続で何日かに渡って見せる形式なので、徐々に覚えていけばいいらしい。
初日の話は父親が急に亡くなり、出発を決意したエミリアが不埒な行商人に騙され、あわやという場面に白銀の騎士が現れ、助けられるまでが描かれているのだそうだ。
自分が演じる芝居なのに、この他人ごとのように話しているところに、今のオレの状況を雄弁に物語っている気がする。
けど、一度自分が決めたことだ。失敗しようが最善を尽くすしかない。
「さあ、リデル。出番です……」
いつもの白銀の騎士の格好のヒューが、優しくオレを舞台へと押し出した。
◇◆◇◆◇
『わたしはエミリア。のどかなこの村に父と二人で住んでいます。この村を捨てて出て行く人も多いですけど、わたしはこの村が好きなのです。だから、ずっとこの村で生きてゆければと思っています』
舞台袖からオレが登場し、台詞を話始めると、ざわざわしていた客席が一斉に静まりかえった。
今まであんな綺麗な娘は見たことないとか、人とは思えないほどの美しさだとか、あちこちでため息とつぶやき声が漏れ聞こえる。
今のオレは、かつらをつけて元の長髪姿に戻り、目立たない村娘の格好をしていた。
けれど、その容姿は地味な衣装では隠しおおせない輝きを放っているらしい。
そう言えば、朝方に行った通し稽古が終わった後のことだ。
確認にと舞台用の衣装を着て、ミルファニアに化粧をお願いしたのだけど、出来上がったオレの姿に、そこにいた一同は驚きで声を失った。
化粧を担当した当人であるミルファニアはうっとりした表情でオレを見つめ、賞賛の言葉を述べる。
「何て、すべすべのお肌なんでしょう。それにお化粧なんて必要ないほど白くて綺麗です。羨ましい気持ちを通り越して惚れ惚れしてしまいます」
「いやはや、男とわかっていても口説きたくなる美しさだねぇ」
ミルファニアの言葉に、目を丸くしていたフォルヴァインも追従する。
「口説いても良いけど、大事な顔の安全は保証できないぜ」
オレが冷ややかな視線を向けると、フォルヴァインは嬉しそうに答える。
「いいね、その口調。冷たくてゾクゾクするよ」
いかん、牽制のつもりがご褒美だったか……。
そんな一幕が今朝あったばかりで、他人がオレをどう見ているかは何となく理解できた。
ただ、自分ではない自分が人々の心の中で一人歩きしていくようで、一抹の不安を感じる。
けど、今は舞台のことだけを考えなくちゃ。
オレは不安な気持ちを振り払って、舞台中央に進んだ。
『あら、いつもなら庭で薪を割っているお父様の姿が見えないわ。どうしたのかしら?』
オレは舞台に作られたエミリアの家に入り、倒れている父親に気が付く。
『お父様!』
驚いて駆け寄ると、父親に扮した座長が弱々しく答える。
『エミリアか……』
『お父様……すぐにお医者様を……』
『いいんだエミリア、医者はいらない』
『でも……』
『前から持病があってな、この日が来ることは予想できていた……それより、お前に伝えておかねばならんことがあるのだ』
『お父様?』
化粧で顔色を悪くした座長は、驚くほど演技が上手かった。
死の間際の男の姿を見事に演じており、それに釣られてオレの演技も自然と熱が入っていく。
親娘の別れの場面は恐ろしいほど真に迫っていて、客席のあちらこちらで、すすり泣きや嗚咽が聞こえてくる。
かく言うオレも死んだ親父のことを思い出して本気で泣きそうになり、後半の台詞はずいぶん怪しかったと思う。
公演後に、座長には『迫真の演技と絶妙な台詞回し』と絶賛されたが、何とも面映い気持ちだった。
舞台は続く。
父親の死と自分達が行方不明の皇帝・皇女という衝撃の事実に、エミリアは一度は打ちひしがれる。
しかし、持ち前の前向きな明るい性格と父親の帝都に行けという遺言により、エミリアはかろうじて立ち直ることができたのである。




