シトリカにて ④
「とにかく、こうなったからにはサラさんの要望どおり舞台をこなすしかないな。それで、渡し舟が復活したら、早々に西シトリカに渡って逃げ出そう」
オレがそう言うとクレイも頷き、続けて言った。
「それがいいだろう。それと俺が思うに、どうしたって目立つこの一行だ。かえってこういう方が疑われなくても済むかもしれない」
「私もクレイの意見に賛成です」
クレイの感想にヒューも同意を示す。
何それ、その開き直りな考え方。
今までの苦労を全否定するつもりなのか。人間、諦めたらそこで終わりなんだぞ。
……とは言ったものの、オレも全面的に同意だったりする。
オレだけでもけっこう目立つのに、そこへヒューが加わるのだから、目立たないわけがないって。
そう考えれば、確かにクレイの言うとおり、今回の一件はそれを逆手に取った上手い方法のようにも思えてくる。
「まあ、後はどんな演目をするのか知らないけど、無難な役をもらって、それなりの演技をすれば、何とかなるよね」
「言いたくはないが、それはかなり甘い考えだと俺は思うぞ」
オレの楽観論にクレイは懐疑的だ。
「お前が舞台に立ったら、評判になるに決まってる。一座がお前を手放さなくなる可能性は大いにあるだろう」
「そうならないように、これからの交渉を上手く進めるさ」
「だといいがな」
オレの強気な態度にクレイは不安げに言葉を返す。
「とりあず、部屋の支度も終わったのですから、サラさんとの待ち合わせ場所に向かいませんか?」
不穏な空気を察したヒューが気を利かせて、前向きな意見を述べる。
「そうだね、あんまり待たせちゃ悪いから、そろそろ行った方がいいよね」
オレ達はヒューの意見に従って、サラ達と合流すべくホテルに併設された舞台へと向かった。
◇◆◇◆◇
「わしが座長のソルメロスだ。我が一座『喝采の嵐』にようこそ」
芝居がかった口調で話す男は、頭髪が寂しい丸顔の中年男だ。
いや、丸顔というより全体が丸い。背は低いが横幅が広く、衣装のお腹周りは今にもはち切れそうで、躓いたらころころ転がるんじゃないかと思ってしまう。
「俺はこの一座の花形役者のフォルヴァイン。よろしく頼むぜ、君達」
その横に立つ色男は、鼻にかかったような声で気取った様子でオレ達に挨拶したが、瞳の奥に不安の色が垣間見える。
どうやら、主役の座を脅かす人材の加入で、自分の立場を危惧しているらしい。
「わたしはミルファニアです。よろしくお願いします」
一座の紅一点で、ヒロイン役を演ずる女性と紹介されたが、失礼ながら見た感じは大人しいというか地味な印象を受ける。
この三人に楽器演奏の元吟遊詩人と雑用係兼役者の男二名を加えた、計六名が『喝采の嵐』一座の全員だった。
この人員で『喝采の嵐』とは、よく言えたものだ。
明らかに名前負けしてるように思う。まだ、実力はわからないけど……。
「いや、それにしてもサラさん。こんな美形な男達をどこで捕まえたんだい。まったく、あんたにはいつも驚かされるよ」
「いやいや、本当に運が良かっただけさ」
『運が良かった』のところをやけに強調してサラは答える。
まあ、オレ達に偶然出くわし、さらにオレの言質をとって、仕事を手伝わせるだなんて、サラは確かに強運の持ち主かもしれない。
「サラさん、彼らにも自己紹介してもらって良いかね」
さっきから、座長さんはオレの方をちらちらと盗み見ているのが、ちょっと心配の種だ。
そっちの趣味がないことを、密かに祈る。けど、最近の神様はつれないから、期待はしないでおいた方がよさそうだ。
座長に話を振られたサラは少し考えて、口を開いた。
「それじゃあ、初顔の者もいるようだから、彼らの前に一応あたしの自己紹介もしておこうか。あたしはサラ、今は文芸家だが、元々は脚本家兼演出家をしていてね。座長さんとは何度か一緒に仕事をしたことがあるんだ」
「裏方だけでなく役者としても才能があるよ、サラさんは」
座長が大事なことだと言わんばかりに補足する。
「まあね、この美貌と容姿だ。あちこちの一座から脚本とは別に、舞台に立つよう依頼されることは度々あった話さ」
さも、当たり前のようにサラは答える。
確かに綺麗だけど、自分で言うか、普通。
でも、態度から見て自信家というわけでもなさそうだ。
何というか、醒めているというか達観しているというか、年相応の雰囲気ではない。
自分の客観的評価を端的に答えているように見受けられた。
いったい、どんな生い立ちを過ごしてきたか、少し気になってくる。
「あっちのでかいのはワーク。あたしの護衛兼荷物持ちだね。怖い顔しているが、根はいい奴なんで、よろしく頼むよ。……で、こっちがリデル君」
サラはワークの紹介を終えると、こちらに話を振った。
「え、オレ? えと、オレはリデル。職業は傭兵で、カンディアに向かう途中なんだ。いろいろあって、サラさんのお手伝いをすることになって……その、よろしくお願いします」
いきなり振られたので、しどろもどろになってしまった。
むぅ、自己紹介って、やっぱり苦手だ。
それに、『喝采の嵐』の面々がオレを見つめて、一斉にうっとりした表情になったのも恥ずかしかった。
「俺はリデルと一緒に傭兵をしているクレイだ。前に傭兵の口が無かった時、役者の真似事をしていたので、少しは役に立つと思ってる。ただ、リデルの方は俺のおまけで出ただけだから、期待しないでやってくれ」
すかさず、クレイがオレの役者としての技量不足をアピールして、主要な役につかないように牽制してくれる。
心配してくれるのは嬉しいが、ちょっと癪に触る。
そこまで演技が下手だと思っていないんだけど。