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いつまでも可愛くしてると思うなよ!  作者: みまり
いいかげんにしないと怒るからね!
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出会いと再会 ②


「クレイ、先客がいたんだ。……えと、さっき言いかけていたけど、オレはリデル。こっちは相棒のクレイだ」


 オレは途中になっていた自己紹介を再開する。


「相棒?」


「ああ、オレ達は流れの傭兵でね。カンディアに向かっているところなんだ」


 オレは最初に決めた設定どおりに身の上を説明する。


「なるほど、世の中が治まってきて傭兵さんも不景気だからねぇ」


 サラさんはしたり顔で相槌を打つ。


「そういうサラさんは?」


「あたしは旅の『文芸家』さ。ワークは元の仕事仲間で今のところは、あたしの護衛ってとこかな」


 『文芸家ぶんげいか』……その名の通り、文を書いて芸と為し報酬を得る者。この時代では割と新しい職業だ。


 前にも述べたが、時代は写本から木版、そして活版印刷へと書物の歴史は推移している。

 しかし、庶民が個人で本を所有するには、まだまだ高価すぎた。


 そこで登場したのが、貸本業である。

 形態としては、多くの本を所有する者が貸し手になり、募った借り手のグループに本を貸す形が一般的だ。


 元々は神殿が説話や教義を書物化し、信者に貸し与えたのが嚆矢こうしだと言われている。

 神官が文字を教える奉仕をよく行うのは、識字率を上げることで、その教義を読んで理解してもらうことにあるというのは、よく知られた事実だ。


 そして、文字が読めるようになれば、宗教色の強い読み物に飽き足らず、娯楽性の高い読み物を読みたくなるのは、ごく自然なことと言える。


 そうした庶民のニーズに答えたのが貸本業と文芸家という職種だ。


 当初、文芸家の多くは、それまで娯楽の中心であった演劇の舞台監督や脚本家であった者が仕事にあぶれ、転職するケースがほとんどだった。

 けれど、需要が高まり売れっ子の文芸家が出始めると、最初から文芸家を目指す若者も少なからずいると聞いた。

 さしずめ、サラさんもそうした口なのかもしれない。


 でも……とオレは違和感を覚える。


 そういう状況は、あくまで大都市を中心とした文化圏での話だ。

 地方では、顧客になる貸本を購読できる識字率の高い富裕層が少ないため、商売にならないのだ。

 なので、文芸家の多くは大都市に居を構える。もちろん、それだけでは食べていけない者も多いので他の仕事と兼業しているせいもあった。

 だから、流れの文芸家だなんて、オレは初めて耳にした気がする。


 オレの怪訝な表情に気づいたのかサラは、笑みを浮かべて補足してくれた。


「これも仕事の一環でね。故郷に里帰りしなきゃならない用事ができて困っていたら、版元が紀行文を書いてくれるなら旅費の補助をしてくれると言うんでお言葉に甘えたって訳さ」


 なるほど、それならわかるけど、そんな厚遇を受けるということは、それなりに売れっ子なのだろう。

 あいにく、その業界の知識に疎いので聞いたこのない名だが、ノルティあたりならわかるかもしれない。


「話してるところ悪いが、そろそろ服を着替えたいんだが……」


 困った口調のクレイにオレは自分が濡れたままだったことに気づく。


「や、これはすまない。あたしはあちらを向いているので、どうか着替えを済ませてくれたまえ」


 クレイの非難の目にサラは、ほんの少し名残惜しそうにしながら向こうを向く。


 む、困った。ワークが気にしていないのか、こちらを何気に眺めている。

 きっと男同士なので、問題ないと考えているのだろう。

 けど、それではオレが着替えられない。恥ずかしいのはもちろんのこと、オレが女であることを見知らぬ相手に知られるわけにはいかなかったからだ。


 オレが躊躇していると、すかさずクレイが助け舟を出してくれた。


「ワークさんと言ったか。すまないが、こいつは恥ずかしがり屋でね。他人に見られていると服が脱げないんだ。それに……」


 クレイはにやりと笑って続ける。


「こいつの裸を見られるのは、俺だけの特権なんだ」



 な、何を言ってんだ、お前は! そんなこと言ったら変な誤解を……。


「なになに、お兄さん達はそういう関係なのかい?」


 ほら、サラが興味を示したじゃないか。


「まあ、想像にお任せするよ。そういうわけで、あんた。悪いけど、向こうを向いていてくれないか」


 意外と純情なのか、顔を赤くしたワークは慌てて背を向けた。


 クレイ、後で覚えとけよ。


 内心、悪態をつきながら、オレは急いで着替えを済ませる。


 クレイはと見ると、口ではあんなことを言いながらも、しっかりオレに背を向け、オレの方を見ないように着替えていた。


 真面目なやつだ。




「で、どうなんだい、本当のところは」


 目をキラキラさせながら、サラが追及してくる。


「だから、クレイの冗談でオレ達はそんな関係じゃありません」


 さっきから、何度も否定しているのに、サラは一向に信じてくれない。


「いやいや、初めてあった頃のリデルは、ほんの子どもだったけど、それはもう可愛らしい子でねぇ」


「ほうほう、それで……」


「クレイ……!」


 オレが睨みつけると、クレイはニヤけながらサラに言う。


「ね、照れると、すぐにこうやって怒るんです。可愛いでしょ」


「確かに! これはなかなか来るものがあるね……ああ、あたしの創作意欲が……」


「いいかげんにしろ!」


 クレイとサラがオレをからかって楽しんでいるのが薄々感じられて、面白くない。


 オレは乱暴に立ち上がると、出口に向かった。


「リデル?」


「うるさい。ちょっと、リーリムの様子を見てくるだけだ」


 クレイがからかい過ぎを反省したのか、心配げな表情になる。


 敢えて知らん顔して扉の前まで進むと、偶然にも扉を叩く音が小屋の中に響いた。




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