思わぬ結末③
すべてを言い終えたダレンは、相変わらず淡々としていたが心持ち清々とした表情にも見えた。
「あのさ、ダレンさん。あんたの境遇には同情するけど、そのせいで多くの人間が迷惑と被害を受けたことをどう思ってるんだ?」
どうしても気になって、出て行こうとするダレンに思わず、声をかける。
メイエの件もそうだけど、被害を蒙った人もきっと多いはずだ。ダレンが男爵を一方的に非難できる立場にあるとは思えなかった。
「それについては、申し開きするつもりはありません。私は復讐と強欲のため悪党となった身です。あとは正当に裁きを受けるだけです」
臆せず答えるダレンに迷いはない。
目的のためには、他を犠牲にすることを厭わない覚悟なのだろう。
けど……。
「あんたはそれで満足だろうけど、優しいお爺ちゃんが突然いなくなったら、孫娘さんは悲しむんじゃないのか?」
「それは……」
ダレンは一瞬、動揺を見せるがすぐに立ち直って、
「もう済んでしまったことです。過去は変えられません」
そう言うと、男爵とオレ達に一礼すると広間から立ち去った。
「クレイ、メイエを頼む」
部屋の隅でしゃがみ込んで動けなくなっているメイエの保護をクレイに頼むと、オレは男爵に近づく。
目を瞑って沈み込むように深く椅子に座り、病のせいか息を荒くしていた男爵はオレに気がつくと目を開けた。
「これは、大変お見苦しい所をお見せしてしまいましたな。今回の件は、全てわしの不徳によるもの。どのような処断も受ける覚悟がありますぞ………皇女殿下」
オレの胸元のフィビュラを見ながら、男爵は言った。
バ、バレバレじゃないですか!
「い、いや……な、何を言ってるんですか、オレは通りすがりの傭兵です。こ、皇女なんかじゃありません」
慌てて否定したけど、男爵は力なく笑って続ける。
「わしは若い頃、貴女様のお祖父様の近習を勤めておったことがありましてな」
な、何ですと。
「この不思議に落ち着く芳しき香りは一生忘れることはできません……確か『護りの紅玉』でしたか?」
パティオの説明が脳裏に蘇る。
『この宝玉は単体としても優れた神具なのです。
暗闇ではほんのりと輝き。
寒い時は、ほかほかと熱を持ち。
暑い時は、ひんやりと冷え。
いつも、柔らかな良い匂いを周囲に漂わせ。
害虫が近づくのを妨げ。
保持者の心を安らかにする。
そうした能力を有しています』
ひょっとして、知っている人には、すぐにバレるんじゃないか?
一瞬、頭がくらくらして倒れそうになったけど、持ちこたえて男爵に小さな声で頼んでみる。
「そのう……な、内密にしてもらえます?」
オレが頭を下げると、男爵は恐縮する。
「頭をお上げください。本来なら、跪かねばならぬところを病身ゆえお許しいただいている身なれば。殿下のお立場は重々理解しているつもりです。ご心配は不要に願います」
「あ、ありがとうございます」
「して、わしの処遇についてでありますが……」
「それについては、何も言うつもりはないです。身分を隠しての旅ですし、そもそも皇女に領主をどうこうする権限もありませんし……」
「しかし、帝都に報告することはできますが……」
「ああ、神官が神殿に報告するのは止められませんが、オレ自身に実害があったわけじゃないので、報告はするつもりはありません」
オレの身に危険が生じたなんて報告したら、ケルヴィンが旅を中止して帰還しろって言いかねないからな。
ましてや、オレの裸が人前で晒されたなんて言ようものなら、激怒してすっ飛んでくる人物が何人か頭に浮かぶし……。
ここは穏便に済まそう。うん、そうしよう。
「殿下のご厚情、痛み入ります」
男爵はオレの温情に感謝しているようだが、こちらとしてもその方がありがたいので、問題はない。
オレと男爵の話が終わったころ、クレイがメイエを連れてオレのところに戻ってきた。
「メイエ、大丈夫だった。怪我はない?」
「はい、私は大丈夫です。リデルこそ怪我はありませんか?」
「オレの身体は頑丈にできてるから大丈夫さ。それよりも怖い思いさせて、本当にごめんね」
「ううん、少しも怖くなかったです。きっとリデルが助けてくれると思ったから」
「当たり前じゃないか」
オレが微笑むとメイエの顔が、ぽっと赤くなる。
「おいおい、ハーレムでも作るつもりか?」
ずっと機嫌の悪いクレイがぼそりと言った。
文句を言ってやろうとすると男爵が退出を申し出たので、言うタイミングを逃す。
後で、必ず説教してやる。
男爵を介添えし、一緒に出て行くソフィアに何か声をかけようとするも、目線で止められたので、そのまま見送るしかなかった。
あくまで神殿の人間で通すつもりなのだろう。
「さて、オレ達も宿屋に戻ろうか」
オレが声をかけると、クレイは同意を示すように頷いた。
こうして、政庁舎での一件は終わりを告げた。