思わぬ結末 ①
痩せ細った老人とそれを支える若い女だった。
老人は……本当は老人という年齢ではないのかもしれないが、病が色濃く見え、外見の実年齢をわからなくさせていた。
女の方は使用人ではなく神官服を着ている。
意外な登場にオレは驚いて声を上げた。
「ソフィア、どうしてここに?」
そして、オレと同様にスレイドも声を上げた。
「父上、どうしてここに?」
どうやら、年老いて見えた男は領主のゼノール男爵のようだ。
何でソフィアが御領主様と一緒にいるんだ?
オレの疑問をよそにゼノール男爵は声を荒げた。
「スレイド、これはいったい何の騒ぎだ」
さすがに張りはなかったが、領主らしい威厳のある声にスレイドは慌てふためく。
「こ、この者達が領内で狼藉を働いたので、掣肘を加えていたのです」
「ふむ、わしの目には一方的に倒されているように見えるが……まあ良い」
ゼノール男爵はオレの方に顔を向けると丁寧な口調で話し出した。
「お初にお目にかかる。わしは領主のゼノール男爵と申すもの。息子が面倒をおかけしたようで、面目もござらん」
いかにも堅物そうな御領主様のようだ。
どう反応してよいかわからず、思わずソフィアの顔を窺う。
それに気づいたゼノールは笑って続ける。
「そこにおられるソフィア殿より、パテイオ大神官からの親書を拝見した。神殿に縁のあるお方で高貴なご身分であるが、故あって名を伏せておられるとか。ご配慮の件、しかと承った。安心されるがよかろう」
そうか、ソフィアはオレ達が政庁舎に連れ込まれるのを見て、男爵の下へ親書を携えて乗り込んだのか。
さすがはソフィアだ。
「すまんが、足元が覚束ないので座らせてもらおう」
ダレンに椅子を用意させると、男爵はどかりと腰を下ろした。
「それで、スレイド。ことの仔細を話せ」
「は、はい。父上」
さきほどの威張り腐った態度は影を潜め、緊張した面持ちでスレイドは説明を始めた。
自分の都合の良いように脚色された話を並び立てる。潔いほどの嘘八百だ。
その間、男爵は一言も話さず、じっとスレイドを見つめていた。
スレイドの心臓もたいしたもんだと思う。
とてもオレならあの眼光に睨まれて嘘などつけない。
「そうか……お前の言い分はわかった」
嘆息を交えて言うと、オレに視線を向ける。
「お手数だが、貴方の言い分も話してもらえると助かるのだが……」
「かまわないよ」
オレは今までの経緯を包み隠さず話した。加えて街の現状も、あくまで客観的に伝える。
相反する内容を聞き、男爵は吟味するように目を瞑って考え込んだ。
再び目を開けた男爵は、沈痛そうに言った。
「どうやら、わしが臥せっている間に由々しき事態になっていたようだな」
「ち、父上!」
「息子のしでかしたことは父親の不始末でもある。平にご容赦願いたい」
オレに向かって男爵が頭を下げる。
「いや、オレは別にいいけど、領民には謝意を示した方がいいと思うな」
横でクレイが「俺は絶対に許さんぞ」と息巻いているが、あえて無視する。
「父上、息子の私よりそんな傭兵風情の言葉を信用するのですか? ど、どうかしています!」
「どうかしているのは、お前の方だ。自分が何をやったか、全くわかっておらんな。テノール、こやつを自室に監禁しておくように」
「ご命令、承りました」
テノールが近寄ると、一瞬暴れようとしたスレイドだったが、すぐに諦めたようにうなだれ、力なく広間から出て行った。
手下達もそれを追うように怪我をした仲間を運びながら退出していく。
ザガンも一命は取り留めていたようで、護衛隊の連中が神殿に担ぎ込むために運んでいった。
残ったのは、男爵とオレ達……それと。
「さて、最後になったが……今回の筋書きを書いたのは……」
男爵は残っているもう一人に声をかける。
「……お前だな、ダレン」
「えっ?」
男爵の唐突な発言にオレは言葉を失う。
驚いてダレンを見ると、不敵にも堂々と笑っている。
「おや、お気づきになられましたか」
「わしもそこまで耄碌してはおらん。いくらあやつが馬鹿でもここまで事態を悪化させることはなかろう。誰かの意図は明白だ」
「さすがは、かつて切れ者として中央でも名を馳せた男爵様。病にあっても知略は健在ですな」
「お主にいいように騙されておったのに、切れ者など片腹痛い話だ」
「はてさて、入念に事を運んだつもりだったのですが、いつお気づきに?」
「あやつの出来は、このわしが一番わかっておる。わしの代わりに領地経営など到底無理な話だ」
スレイドの退出していった扉に目をやりながら、忌々しげに言った。
「ところが、お前はあのスレイドが順調に政務を執り行っていると言う。最初はわしの気持ちを慮って、嘘を付いているのか思った。しかし、お前の報告を聞いていると、あたかも別のスレイドがいるかと思うほど、卒なくこなしている」
「なるほど、それで私に何か思惑があるとお考えになったわけですか」
「スレイドの悪行三昧を訴え、お前が何とか領地を回しているとでも愚痴を言えば信用したかもしれん」
「少し、策を弄しすぎましたかな……」
「あの……全然、話が読めないんですけど」
完全においてきぼりのオレは、会話を交わす二人に無理やり割り込んだ。
「おお、これはすまなんだ。なあに、要はよくあるお家騒動の話と言えるかの。領主が病身で臥せっているのを良いことに、側近が馬鹿息子をそそのかしてやりたい放題させた……そんなところだ」
なるほど。確かによく聞く話だ。
でも待てよ。ちょっとおかしくないか?
領主やその息子の評判を落として自分が実権を得ようとするのはわかる。
けど、それは男爵が存命していて成り立つ話だ。
仮に男爵が病死し、息子がこのような状態で中央の査察が入ったとしたら、男爵領自体の存続が危うくなるだろう。
それでは、ダレンとしてもせっかく築いた地位や財産も失ってしまうことになる。元商人のダレンがそんな簡単な計算が出来ないわけがない。
もっと、他の理由があるに違いない。