秘密厳守で調査いたします①
翌日、クレイは朝から行き先も告げずに出かけ、ヒューも知人を訪ねると言い、オレと一緒に赤月亭を出た。一人になったオレは早速、将軍に聞いたラドベルグの定宿に向かうことにした。道行く人に尋ねると、みんな親切に教えてくれる。一年前に男のオレが迷子になった時は誰も教えてくれなかったのに。
やっかみを感じながらも、程なくしてオレは『英雄の憩い』の前にたどり着く。
う~ん、やっぱり武闘王ともなると、泊まる宿から違う感じがする。『英雄の憩い』は派手な造りではないが、白い壁に窓や入り口が統一感のあるデザインでまとめられた瀟洒なホテルだった。決して派手過ぎない明るさに好印象を持った。
さすがというか、洗練されているというか。噂通りの狂戦士とは違うことは、エトックのお父さんの話で理解していた。
オレは頭の中で彼と会うための算段を考えると、おもむろに入り口の扉を開ける。
「すみません、よろしいでしょうか?」
オレは精一杯の可愛らしい声と仕草で、フロントのお兄さんに話しかける。
「いらっしゃいませ」
二枚目のお兄さんはにこやかに応対する。
「あの……私、リデル・フォルテと申します。ラドベルク・ウォルハン様がこちらにご逗留とお聞きしたので……お取次ぎは頼めるでしょうか?」
よし、上手く言えたぞ。
「残念ながら、お客様のことについてはお答えできない決まりなのです」
心底、残念そうな表情でお兄さんは答える。
「そうなんですか。イエナさんの友達が来たとお伝えしていただければ、きっとお会いくださると思うのですが……」
円らな瞳をうるうるさせながら、切り返す。
「申し訳ありません。それもできない決まりなので。もし、よろしければご宿泊先をお教え願えれば、その方がお泊りになるようなことがありましたら、ご連絡いたします」
やるな、お兄さん。泊まってるかさえも明らかにしないとは。
では、次なる作戦発動。
「あぁ……」
突然、力なく床に倒れこむオレ。
「ど、どうしました。大丈夫ですか?」
お兄さんが慌ててカウンターから出てくる。
よし、第1段階クリア。
「ごめんなさい、少し立ちくらみが……」
と言いつつ、お兄さんの腕を借りて、しなだれかかるように立ち上がる。
「ありがとうございます」
腕を握ったまま、上目遣いにじっと見つめる。
「い、いえ、仕事ですから……」
顔が赤くなるのを見逃さない。
第2段階クリア。
「ここで少しの間、休んでいても良いですか?」
少し鼻にかかったような声で甘えてみる。
「えっ、でも…………病気なら……仕方ないですね」
お兄さんは困った顔をするが、追い出す訳にもいかないといった顔付きだ。
よし、作戦成功!
ここでラドベルクが出てくるのを待つぞ……なんか、オレって悪女に向いてる気がする。
お兄さんのご好意で、ラウンジで休ませてもらうことになった。椅子に腰掛けて、しばらくの間、お客の出入りを眺めていると『英雄の憩い』が思いのほか高級なホテルであることがわかった。
ホントにこんな上品なところにラドベルクが泊まっているのか、だんだん不安になってくる。
あのおっちゃん、いたずら好きそうだったからなぁ。
こりゃ一杯食わされたと思った時、一人の男が乱暴に入ってきた。
ハッとして顔を上げると残念ながらラドベルクではなく細身の若い男だった。
しかし、その男はこの場にそぐわない雰囲気を漂わせていた。服を着崩し、辺りを窺う抜け目ない目付きは、ここの客層とは明らかに異なって見える。怪訝そうなフロントのお兄さんのところへ行くと、男は掠れるような声で言った。
「ダノン様の使いだ。ラドベルクに会わせろ」
フロントはオレの方をチラッと見てから言葉を返した。
「ダノン様ですね。取り次ぐように伺っております」
やっぱり、いるんだ……。
「早くしろ、急いでるんだ」
「残念ですが、ただ今お出かけでございます。言伝なら承りますが……」
頭を下げるフロントに舌打ちすると、男は吐き捨てるように言った。
「後で、もう一度来る。野郎にどこへも行かないよう言っておけ!」
男はフロントのお兄さんを睨みつけると、入ってきた扉から表へと向かった。
オレはさりげなく立ち上がると、フロントのお兄さんに体調が良くなったことを告げ、お辞儀をしてからにっこり微笑んだ。
そして、相手の反応を見る間もなく、足早にあの胡散臭い男の後を追った。




