スレイドの思惑 ③
「い、今なんと言った?」
一瞬の間をおいて、その意味を悟ると驚愕の目で、オレに問いかける。
「え? 隊長の件、お断りしますって……」
「ば、馬鹿なことを言うな!」
「へ?」
「ぼ、僕のせっかくの好意を無碍にするなんて、ありえない! ありえないことだぞ!」
オレとしては、丁重にお断りしたつもりだったが、スレイドは顔を真っ赤にして激怒している。
うわぁ、めちゃくちゃ怒ってるけど、この感じどこかで見たような……。
ああ、あれだ。自分の我が儘が通らなくて、周囲の物を壊して暴れまわる子どもにそっくりなんだ。
こうなると理知的な説得は不可能だな。
さて、どうしたものか。
実際、平和的に交渉することの限界を正直感じていた。
「な、何故断るのだ! 理由は何だ!」
スレイドの弾劾の言葉にオレは肩を竦めて、ちょっと考えてみる。
いい加減、相手をするのも疲れたな。
もう、無理して付き合わなくてもいいんじゃないか?。
うん、もういいよね。
よし、そうしよう。
オレはにっこり笑って、ずっと思っていたことを口にした。
「当たり前だろ。だって、あんた。盗賊団を使ってみんなを苦しめてる悪人だもの」
スレイドは目を見開いたまま、絶句した。
「貴様……」
スレイドは先ほどまでの怒りを嘘のように静め、オレをじっと睨みつけた。
「何を証拠に、そんな出鱈目を」
スレイドは、押し殺したような低い声で問う。
「まさか根拠もなく、この僕を誹謗中傷するというのなら、ただでは済まさないぞ」
脅すような台詞を口にするが、別に怖くも何ともない。
彼がオレをどうこうするだけの力を持っていないことが明白だからだ。
ただ、隣にいるクレイの様子を見てオレは青ざめた。
スレイドのオレに対する『ただでは済まさない』発言に過敏に反応したらしく、息が詰まりそうな殺気を漂わせ始めていたからだ。
そもそも、クレイって奴は普段適当なことばかり言ってるくせに、実はけっこうな慎重派なのだ。
なのに、それがオレが絡んだ話になったとたん、自制心が効かなくなる。
オレはクレイが危険領域に達する前に、慌てて話を進めた。
「いや、あんた。盗賊団を倒したのがオレだって、さっき言ったろ」
「……? 確かに言ったが、それがどうしたと言うのだ。倒した者を呼んだのだから、当たり前の話ではないか」
「それが、そうでもないんだ」
「言っている意味がわからん。もっと、わかるように説明しろ」
「だからさ……オレはあんたがその話、誰から聞いたのか知りたいんだ」
「は?」
スレイドは理解不能の顔付きだ。
「だって、祐筆のダレンも護衛隊長のテノールも知らなかったんだぜ。それどころか、盗賊団を捕まえた筈のザガンでさえ、オレではなくクレイが倒したと思い込んでいた……」
スレイドの表情が変わる。
「どうしてオレが倒したって知ってるんだ? いったい、誰に聞いたのさ」
答えずに沈黙を保ったままのスレイドに、オレはさらに追い討ちをかける。
「しかもね。さっき、この大広間に来る前の廊下でおかしな連中に出会ったんだ。そいつらの声、間違いなく聞き覚えがあった上に、オレに酷い目に遭わされたって口々に言ってた」
今まで黙っていたテノールが急に狼狽するのがわかる。
廊下の件は、何とかやり過ごせたと思っていたのだろう。
「あいつらこそ、オレが倒した盗賊団の連中に間違いないと思うんだ。テノール、あんたは奴らはここの使用人だと言っていたけど、それってどういうことなんだろうね」
「テノール君、そんなことがあったのかね。答えたまえ」
スレイドが厳しい口調で問いかけると、テノールは力なく頷いた。
「ば、馬鹿な……」
スレイドが唖然としているのを横目にオレは結論を述べる。
「あんたが、盗賊団を倒したのがオレだって知っていたのは当の盗賊団から報告を受けていたからだ。後の三人は、事情を知らないから、盗賊団が傭兵に倒されたって聞いただけで、クレイがやったと思い込んだのさ。普通は、オレみたいな子どもが強いなんて思わないからね」
もしかしたら、別の情報ルートからオレが倒した情報を掴んでいたと言い逃れする可能性もあったけど、考える暇を与えずに勢いで押し切った。
「…………」
スレイドはフルフルと立ち尽くしていたが、不意にがくりと椅子に腰を下ろすと脱力した。
その様子は暗にオレの言ったことを認めるような行動だったけど、あえて追及したりはしない。
オレとしては、これ以上スレイドを追い詰めるような真似は避けたかった。
実際のところ、オレは彼を裁きたいと思っているわけではなかったし、そもそもその権限もない。
それを行うのは、本来領主の役目だ。
各領地には、それぞれ『領法』というものがあり、『帝国法』に反しなければ、領主が自由に定めて良いことになっている。
したがって、司法権は当然、領主のものなのだ。
無論、悪法を作ったり、公平性に欠いた司法を行う領主もいることはいる。
そういう場合のために、神殿や騎士団(大都市の場合)が、領主の行いを監視する安全弁のような役割を担っていた。
だから、今回のような件にオレの出る幕は本当はない。
恐らく、このままの状況が続くようなら、やがて神殿や地方巡察官が動くことになっただろう。
なので、オレ的には彼がこれに懲りて、盗賊団を使うような馬鹿なことを止め、さらにオレを護衛隊に入れようだなんて言わなくなれば、御の字なのだ。
もちろん、実際に被害も出ているから、神殿にはソフィアを通じて報告しようとは思っているけど……。