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いつまでも可愛くしてると思うなよ!  作者: みまり
いいかげんにしないと怒るからね!
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スレイドの思惑 ②

「あんた、けっこうやるね」


 オレは闘いながら正直な感想をもらす。


「ふん、余裕をかましているお前に言われたくはない」


「そりゃ悪かったな。でも素直に感心しているのはホントだぜ」


「別に嬉しくもない」

 

 オレ達は剣を交えながら軽口を叩く。


 何だか楽しくなってくる。

 剣気には人柄みたいなものがあると前から思っていたけど、テノールのそれは、何でもありの傭兵らしさの奥に気高い剣士の魂が見え隠れしていた。

 決して捨てきれない業のようにも見える。


「それにしても、防御が固いねぇ。たいしたもんだ」


「たいしたことはない、実力の差を埋める苦肉の策だ。けれど、お前相手によく奮戦してる方だと自分でも思う」


「いやいや、立派なもんだと思うよ。ただ、ご主人様はそうは思ってないみたいけど」


「……」


 確かにカウンター狙いの防戦一方に見える地味な戦い方にスレイドがいたく不満そうにしているのが窺えた。


「ふむ……」


 テノールは一つ頷くと大きく後退し、いきなり剣を引く。

 そして、スレイドに向かって跪き、厳かに宣言した。


「スレイド様、残念ながら私の負けです。勝負はつきました」と。




「な、何を言っておるのだ、貴様は!」


 テノールの言葉にスレイドが激怒する。


「双方とも、ほとんど手傷を負っていないではないか。どこが勝負がついたと言うのだ」


 スレイドの言い分もわかる。


 負傷の度合いが勝敗の決め手と考えるなら、今の闘いは互角だったと言える。

 でも、テノールはオレが手加減していることに、とうに気づいていた。

 だからこそ、あの戦法なのだ。


 あれは格上に負けないための闘い方。持久戦に持ち込んで、疲れと隙を突いて逆転を狙う戦法だ。

 恐らくはオレに手加減されて、内心は怒りと屈辱でいっぱいだったに違いない。


 けれど、それを抑え込んで冷静に闘ったところに彼の凄さがある。感情をコントロールできる人間は概して実力以上の力を発揮するものだ。

 さらに、勝ちを諦めない意志の強さも感じられた。

 おそらく幾多の戦場で、そうした実直なやり方で勝ち抜いてきたのだろう。


 正直なところ、実力差を勘案すれば、決着をつけようと思えばすぐにでもついたかもしれない。

 でも、オレは何となくスレイドのような男の前で、彼が無様に倒される姿を見せたくなかったのだ。

 彼の面目を潰し、恥をかかせたくなかった。

 理由はわからないが、とにかくそう感じていた。


 視界の片隅でクレイが苦笑いしているのが見え、思わずハッとする。


 そうか……オレの温情が結果的にテノールの退き時を失わせてしまっていたのか。


「スレイド様、自分の力不足をさらすようで心苦しいのですが、元より勝てる相手ではなかったようです。お許しください」


「な、何だと! そんなこと信じられると……」


「あのぉ、ご領主様。ちょっといいですか?」


 怒り心頭のスレイドに、クレイがのんびりと声をかける。


「何だ!」


「いえね、ご領主様はディグラの剣闘大会をご存知ですか?」


 ディグラの剣闘大会は剣のみに特化した武闘大会で、ルマの大会に比べると数段落ちるが、そこそこ有名な大会だ。

 各国の現役兵士が出場することも多く、正規兵の品評会と揶揄されることもしばしばある。


「むろん、知っているが、それがどうした」


「いや、実は自分、若気の至りでその大会に出場したことがありましてね」


 え、そうなの? 初耳なんだけど。


「それで?」


 訝しげな表情のスレイドが続きを促す。


「いやぁ、軽く優勝しました」


「は?」


 いやいや、オレも『は?』だよ。何だよ、それ。


「その私が断言しますが、こいつはその私と比べられないぐらい強いですよ。失礼を承知で言うと、お宅の護衛隊長が敵わないのは当然です」


「……そうなのか?」


「この男の言っていることは真実でしょう」


 スレイドの問いかけにテノールが応じる。


「ふうむ、そうか……」


 スレイドは椅子に深々と座ると、大きく息を吐いた。

 そして、しばらく考えをまとめるように瞑目した後、再び立ち上がると上機嫌で話し始めた。


「お前……いや、君は思っていた以上に凄い傭兵なのだな。盗賊団を撃退するなど造作もないことだったのだろう」


 あれ、急に応対が変わったような……。


「僕はね、優秀な人材を常に求めているんだ。だから、君を僕の新しい護衛隊長に抜擢してやろう。光栄に思うが良い」


 さぞ名誉なことだと言わんばかりにスレイドが宣言する。


 よもや断られるとは思ってもいない表情だ。

 相変わらず、自己中心的で相手の都合や思いなど考えもしない。


「あのですね、スレイドさん……」


 とりあえず、変な誤解というか思い込みは訂正しないとね。


「ふむ、せっかく用意した仕込みが無駄になってしまったか。まあ、まだあれにも使いようはある。無駄にはなるまいて……」


「ちょっと聞いてます?」


 訳のわからないことをぶつぶつ言って、ちっとも人の話を聞かない領主の息子にイラつきながら、オレは辛抱強く尋ねる。


「うん? 何だね。ああ、賃金のことなら、後でダレンと相談したまえ。決して悪いようにはしない。そうだな、テノールの倍、出してもいい」


「いえ、そうではなくてですね……」


「なら、何だ? 賃金でなければ……女か。子どものくせに早熟な奴だ。わかった、綺麗どころを見繕ってやろう」


「けっこうです! って言うか、せっかくのお話ですけど、隊長の件はお断りいたします」


 スレイドはオレの発した言葉の意味が理解できず、眉を顰めたまま固まる。


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