スレイドの思惑 ①
テノールという元傭兵と思われる護衛隊長は主の命令に不本意そうな表情でオレの前へと進んだ。
「スレイド様、ご命令には従いますが、ひとつ確認してもよろしいでしょうか?」
「うむ、許す」
「さきほど、ザガンはいきなり闘いを始めましたが、勝敗のつけ方がまだ決まっておりません。この勝負、どちらかが負けを認めれば決着する……そういうルールで差し支えありませんか?」
「む……それでよい」
一瞬、言いよどむがスレイドは頷く。
本心は、恥をかかせたオレを五体満足で帰すつもりはなかったに違いない。
けど、テノールに先手を打たれて、渋々了承したように見えた。
意外と、しっかりとした人物なのかもしれない。
「だからテノール君、よろしく頼むぞ」
「了解しました……では、ぼちぼちと闘ってみましょうか」
そう言うと傭兵隊長改めテノールは剣を抜いて構えた。
構えも動きもなかなかのものだ。
おそらく、正式に剣を習ったことがあるのだろう。
「言っておくが、テノールはカイロニアの正規軍に所属していたこともある腕利きだ。傭兵団にいるのを僕が大枚をはたいて引き抜き護衛隊長に抜擢したのだ」
スレイドは自慢げにテノールの過去を披露したが、当の本人は触れられたくない過去だったらしく苦虫を噛み潰したような顔になった。
まあ、正規軍を除隊して傭兵となったということは、それなりにいろいろあったのだろう。それも、きっと良い思い出ではないに違いない。
「しかも、あの有名なルマの武闘大会の本選にも出たこともあるほどの腕なのだぞ」
「スレイド様、少々お静かに願えませんか。集中がとぎれますので」
テノールが苛立ちを抑えるかのような低い声で、浮かれたスレイドを黙らせる。
「し、しかしだな……」
「所詮、一回戦敗退です。たいしたことではありません」
本選に出られたことより、初戦で負けたことの方が重要らしい。
でも、どの階級に出たかは知らないけれど、あの大会の本選に出られるのなら、けっこうな強さと言える。
昔のオレなら、到底敵わなかった相手だ。
ただ、現在のオレはあの武闘王ラドベルクを凌駕するほどの化け物となっているので、テノールの勝ち目は薄い。
……ルマの武闘大会か、何だか懐かしく感じる。
ずいぶん昔のように感じられるけど、まだ昨年の出来事なのだ。
大会を思い出して、ちょっぴり感傷的になりながら、オレはテノールに相対した。
相手の武装はチェインメイルにロングソード。それに対し、こちらは平服のままで、手には伝説の魔剣(笑)を握っている。
防具は相手が、武具ではこちらが勝っていた。
とは言っても、オレの馬鹿力でテリオネシスの剣を振るえば、チェインメイルどころかプレイトメイルでさえ切断できるだろうから、圧倒的にオレの方が有利だ。まあ、さすがに庁舎内での殺傷事件はまずいので、手加減はするつもりだけれど。
早めに負けを認めてくれると有り難いんだけどなぁ。
闘いが始まると、テノールはいきなり間合いを取った。
互いの攻撃が届かない範囲を保って円を描くように双方が移動を続ける。
体格によるリーチの差と得物の長さの差で、オレとテノールの攻撃到達範囲はあまり変わらないようだ。
どうやら、テノールがあえて距離をとっている理由は、先ほどのザガン戦で見せたオレの膂力を警戒してのものらしい。
まともにぶつかって剣を弾き飛ばされたり押し負けたりすることを危惧しているのだ。
確かにオレの攻撃を避けるのには正解だろうけど、そっちの攻撃もオレには届かないから、いつまでたっても勝負がつかないぞ。
「こんな子どもにずいぶんと慎重だな」
「いや、ザガンを軽くあしらった手並みを見せてもらったからな。子どもと侮れば、ザガンの二の舞になるだろうさ」
千日手の状態に陥っているのに少しも焦っていない。
ずいぶんと余裕だな……そうか、オレが疲れるのを待っているのか。
テリオネシスの剣がオレの身の丈に合っていないと思うのはごく普通のことだ。
いくら馬鹿力があってもこの長大な剣を長時間を振るうスタミナがオレにあると思わないのだろう。
時間が経てば、勝機が増えると踏んでいるに違いない。
実際は、そんなことはないけど、これ以上時間をかけるのも面倒なので、勝負に出ることにする。
オレは普通の兵士並みに抑えていた攻撃の速度を半分ほど上げる。
一瞬にして間合いを詰めると、上段からテノールの肩口めがけて切り下ろした。
もちろん、手加減はした。でないとチェインメイルごと斜めに両断することになるからだ。
さっき宿屋で食事したばかりだから、正直グロいのは避けたいし。
けど、テノールはオレの力に逆らわない動きで剣で受け流すと後ろに退いた。
剣で受け止めると弾き飛ばされると考えたのだろう。
しかも、受け流す時に絡めるように回転させ、すかさずオレの腕を狙って切りつけてきた。
オレは片手を放して、その攻撃を空振りさせる。
テノールの攻撃はいわゆる籠手狙いだ。
その後も、間合いを詰めようと踏み出した足を狙ったり、オレの攻撃をかわしながらのカウンターや隙を狙った攻撃に終始する。
なかなか渋い戦法だ。
これだから、ベテランの傭兵は侮れない。
対面や面子に捉われないところに強さの秘密があると思う。
たぶん、戦場ならもっと汚いことを平気でしてくるだろう。




