政庁舎にて ③
ダレンに案内されて政庁舎の廊下を進む。
相変わらず、職員や使用人たちが見当たらない。
道すがら、不思議に思って政庁舎が閑散としている理由を尋ねてみることにした。
そもそも、ダレンは男爵家の祐筆なので、本来ならゼノール邸で執務をこなすのが普通だ。
なので、領主の命によって領地の行政を司る政庁舎に部屋を与えられることなど通常はない。
そのことを含めたダレンの回答は次のようものだった。
就任当初、スレイド様の領主代理については問題なく受け入れられたが、次々に打ち出す改革案に対しては庁舎の多くの職員は否定的な態度を見せた。
自分の改革が思うままにならないと感じたスレイド様はあろうことか、自分に反対する政庁職員たちを軒並み辞めさせてしまったのだそうだ。
そのため、人手不足により領地運営に支障をきたすようになる。
そこでダレンが過去の経歴を買われ、急遽領主代理補佐官となってスレイドの補佐……実際は尻拭いに追われているらしい。
そりゃまた、ストレスが溜まりそうな仕事だ。
オレだったら、三日で音を上げて「やってられるかぁ!」と息子様をぶん殴って飛び出すと思う。
ホントに我がままな上に勝手な行動ばかりする貴族は始末に負えない……あれ、何かデジャヴュを感じるぞ。
も、もしかしてケルヴィンも同じ気持ちなんだろうか。
ち、違うよね……たぶん。
「こちらになります……くれぐれも先の件、お忘れにならぬように」
ダレンは大きな両扉の前に立つと息を整えてから、大きな声で中へ声をかける。
「スレイド様、私です。お客様をお連れしました」
それに対して返答はなかったが、両開きの扉が内側からゆっくりと開いた。
部屋に入れとの指示のようだ。
さあ、いよいよ馬鹿息子とご対面だ。
ダレンの案内で中へ進むと、そこは二階まで吹き抜けの高い天井のある、多くの人間が集まれそうな広い部屋だった。
元は宴席や住民代表者への告知が行われる大広間だったようだが、椅子等の調度品が片付けられていて、だだっ広い空間となっていた。
生活感がなく、埃っぽい床がどこか廃墟めいて見える。
一番奥まった場所はフロアより一段高く作られており、その主賓席に若い男が一人座っていた。
傍らには先ほどの護衛隊長と、村で会ったあのいけ好かない護衛隊長が控えている。
紛らわしいので、便宜上ここで会った方を傭兵隊長、村で会った方をごろつき隊長と呼ぼう。
どうやら、二人の真ん中で偉そうに座っているのが馬鹿息子のようだ。
もっと若造かと思っていたけど、けっこう年がいっているようにも見える。
若く見積もっても、二十代半ばといったところか。
体型も運動不足なのか丸々としている。
けど、癇の強そうな丸顔はしまりがなく年齢より若く……というより幼児的な印象を見る者に与えていた。
「スレイド様、お召しにより件の傭兵達をお連れしました」
「ダレン、遅いぞ。いったい何をしていたのだ」
「申し訳ありません。スレイド様に無礼があってはなりませんので、よく言って聞かせて教えておりました」
「ふん、傭兵など無作法なのが当たり前だ。こいつらに礼儀を覚えさせるのは豚に芸を教え込むのと同じで無駄もいいところだ」
あ、こいつ駄目な奴だ。
容姿だけでなく性格も苦手なタイプと言っていい。
どうしよう、我慢できる自信がないぞ。
「おい、いつまでそこに突っ立てる。早くこっちへ来い」
スレイドが苛々した口調でオレ達を呼びつける。
クレイの『我慢だ我慢』の目配せを無視して、スレイドの前に進み出た。
「お前達が盗賊団を撃退した傭兵か?」
「はい、仰せに通りです。ご領主様」
クレイが横合いから追従を言う。
「いや、僕はまだ領主ではないが、まあそのような者だ。もし、盗賊団の一件が本当なら褒美を出せねばならんな」
領主と呼ばれて少し機嫌を直したようだ。
単純な奴め。
「しかし、そのためには確認が必要だな。お前達、この者達の相手をしてやれ。本当に強いのかどうか、確かめてやる」
スレイドが傍らの護衛隊長達に命じると、傭兵隊長は困ったような顔で、ごろつき隊長の方は意気揚々とオレ達の前に立った。
なるほど、ダレンの言っていた趣向とはこのことか。
わざわざこの大広間へ通したのも、戦うスペースを確保するためなのだろう。
「スレイド様、お客人に無体な振る舞いは……」
「ただの確認作業だ、何の問題もない。ダレン、お前は黙っていろ」
「しかし……」
「うるさいぞ、お前は次の支度があるだろう。とっとと出て行け」
オレ達のことを気にしながらダレンが部屋から退出すると、スレイドは嬉しそうに言った。
「さあ、邪魔者もいなくなった。座興を楽しもうじゃないか……まずはザガン、お前が相手をしろ」
指示されて一歩前へ出たのはごろつきの方だ。
それに対し、クレイがすっとオレの前に立つ。
どうやら、受けて立とうという意思表示のようだ。
極力、オレを危険な目に遭わせたくないらしい。
それを見たごろつき隊長は獰猛な顔付きでクレイを睨みつけると剣を抜いた。
スレイドの確認作業とやらは、呆れたことに真剣でやりあうことのようだ。
馬鹿げた話だが、言ってもわかる相手では無さそうだ。
オレが自分の剣を丸腰のクレイに渡そうとしたところで、スレイドの声がかかる。
「そいつじゃない。相手はそのチビの方だ」
そういうあんただって、背が低い方だろ……っていうか、オレ?
「実際に盗賊団を倒したのは、お前なのだろう?」
「一応、そうだけど」
まあ、クレイも手伝ったけどな。
「ならば、お前が立ち合え」
スレイドは異議を認めない口調で命令する。
「ちょっ……待て……」
クレイが口を挟もうとするのを遮ってオレは答えた。
「わかった、オレが相手する」
「リデル!」
クレイが驚いて振り返る。
仕方ないだろう、ご領主様のご指名じゃ。
それに少し鬱憤がたまってるんで発散したい気分なんだよ。
オレはクレイにニヤリと笑って見せ、ごろつき隊長の前へ進んだ。