政庁舎にて ①
「いいか、リデル。この世の中には『法律』といものがあるのは知ってるな?」
「馬鹿にするなよ。そのくらい知ってるさ」
オレ達は護衛隊の連中に囲まれながら、政庁舎に向かっていた。
政庁舎というのは領主が政務を行う施設で、居住している領主館とは別の建物なのだそうだ。
ジュバラクの政庁舎は、ちょうど街の中央に位置し、同じ敷地内に領主館もある。
「特に帝国には慣習法以外に明文化された『帝国法』がある。皇帝でさえ、これを無視することはできないんだ。各貴族領の自治についても『帝国法』の範囲内でこれを認めている」
「小難しい話はすっ飛ばしてくれ。結局、何が言いたいんだ」
「つまりな、法を無視して何でも力ずくで解決するというのは、無法者のすることなのさ。たとえ正義のためであっても、法を犯すという点では盗賊団とさして変わらないってわけだ」
「べ、別にすぐ暴力に訴えたりしないさ。あくまで話し合いに行くんだから」
「その割には、殴る気まんまんに見えるぞ」
ぎくっ。
「そ、そんなことないさ。心配性だなぁ、クレイは」
「今まで、お前のその言葉に何度、騙されたと思ってるんだ。さすがに俺も学習したさ」
し、失敬な。
今のクレイの口振りだと、まるでオレが後先考えずに暴れる輩に聞こえかねないぞ。
「いいか、もう一度言っておくが、何があっても……仮に理不尽なことがあっても『ここは法治国家だ』って、頭の中で繰り返して我慢するんだぞ……」
まったくクレイの奴、傭兵だった癖にうるさいったらない。
傭兵なんて、無法者の代名詞なのに。
「もし、傭兵だから法律なんて関係ないと思っているようだったら、今は違う立場になっていることを忘れるなよ」
「わかったってば。くどくどうるさいなぁ。ネチネチおじさんって呼ぶぞ」
「だ、誰がネチネチおじさんだ!」
「……おい、お前達、無駄口はいいかげんにしろ。政庁舎はすぐそこだ。私語は慎むように」
護衛隊長が呆れたようにオレ達に注意する。
気がつくと隊長の言うとおり政庁舎は、もう目の前に見えていた。
また、護衛隊に連行されているオレ達の姿が奇異に映ったのか、いつの間にか取り囲むように人だかりも出来ている。
その視線の大部分は『可哀相に……』という憐憫の色が見えた。
「さあ、先へ進むぞ」
護衛隊長に促されて政庁舎へ入ろうとして、ふと人だかりに目を向けると最後列に神官姿のソフィアがいるのが目に入った。
オレの視線に気づくと、申し訳無さそうに頭を下げる。
むうっ……事前に情報を手に入れたかったが仕方ない。
後は出たとこ勝負だ。
「では、自分の後に付いてきてくれ。だが、その前に……」
政庁舎に入ると護衛隊長が振り返って言う。
「悪いが武器の類を預からせてもらおう」
「それは聞けない相談だな。俺達は客として、ここへ呼ばれたはずだ。武装を取り上げられる謂われはないと思うぞ」
交渉担当のクレイが難色を示す。
「いや、そういうわけにはいかん。貴人に会うのだから、礼儀として武器を預けてもらいたい。そもそも政庁舎内は安全なのだ。武器など必要ないだろう」
いやいや、こちらとしては敵の巣窟に足を踏み入れている気分だから、身を守る術がないのは避けたい。
当然、クレイも同様に思っているらしく、互いの意見は平行線をたどる。
政庁舎のエントランスでしばらく議論を戦わせることになったが、何とか妥協点に落ち着く。
「わかった、俺の武装は預けるが、こいつの武装はそのままでいいな。まさか、こんな子どもに怯えるとかないだろ」
クレイはオレに目で合図をしながら、護衛隊長に提案する。
恐らくクレイの言い分は、奴よりオレの方が強いからオレが武器を保持するのが効率的だと言いたいんだろう。
でも、本音はオレを丸腰にして危険な目に遭わせたくないと考えているに違いない。
まったく心配性だな。
「仕方がない、それで折り合いをつけよう」
護衛隊長はオレの風体を見下ろして、ついに結論を出した。
悪かったな、貧弱な体つきで……。
「では、先に進もう。それとお前達は詰め所に戻っていいぞ」
クレイの武器を預かった隊長は護衛隊の面々を下がらせると先に立って歩き始める。
オレとクレイがその後に続いた。
政庁舎の中は閑散としていて、他の職員や来客とすれ違うこともない。
本当に機能しているのか、甚だ疑問だ。
不思議に思いつつ進んでいくと、少し先のT字になった廊下の右手から誰か近づいてくるのがわかった。
何人かの集団のようだ。
それに気づいた隊長はオレ達を置き去りにして、急に走り出すと曲がりきる前のその一団に声をかける。
「何をやってる! お前達は例の部屋に戻ってろ!!」
隊長の剣幕にその連中は愚痴を言いながら慌てて、来た廊下を引き返していった。
「驚かせてすまない、慣れない使用人が持ち場を離れていてね」
オレ達の前に戻ってきた隊長はそう言い訳する。
けど、常人離れしたオレの聴覚は聞き逃さなかった。
その集団は「くそガキに酷い目に遭わされたっていうのに、また怒鳴られるなんて割りが合わない……」確かにそう言っていた。
オレの疑念は確信に変わった。