ジュバラク ③
メイエの話が一段落したので、改めて昼食を頼もうと給仕の女の子を呼ぶ。
注文をとり終えた彼女に世間話としてジュバラクの様子を尋ねると、俄かに表情が曇る。
「ジュバラクの男爵様は評判のいい方じゃなかったの?」
オレがさらに突っ込んで聞くと、辺りを見回した彼女は小声で答える。
「領主様はいいんだけど、一人息子が最低なのよ」
これは聞き捨てならない情報だ。
「具体的にどう最低なんだ?」
彼女が答えた領主の息子の評判は確かに酷いものだった。
曰く、親の力を自分の力と勘違いして、自分を特別視するあまり、やりたい放題していること。
たいして知恵が回るわけでもないのに、知恵者だと勝手に思い込み、さまざまな政策を行っては失敗に終わっていること。
さらにそれを部下のせいにして、自分は責任を一切負わないこと。
ナルシストな上に自分がモテルと信じ込んでいるので、気に入った女性を無理矢理誘おうとするのでトラブルになっていること。
その上、最近ではごろつきを集めて新規に護衛隊を編成して、自分の手足のように使っているのだという。
「そりゃまぁ、絵に描いたようなぼんくら息子だな」
「でしょう? あたしは目を引くような美人じゃないからいいけど、お客さん達なんて気をつけた方がいいよ」
娘さんはオレとメイエに向かって注意を促す。
「ありがとう、気をつけるよ。でも、オレは男だから大丈夫さ」
メイエが目を見開くのを視線で制して、食堂の娘さんに笑いかける。
「ううん、あいつときたら、自分よりいい男は許さない奴だから……」
「おい! カロリナ。いつまで注文に行ってるんだ。無駄話も大概にしたらどうだ!」
奥から老主人の叱責の声がする。
「は~い。今、戻りま~す」
娘さんはぺろりと舌を出すと、慌てて厨房に戻っていった。
残されたオレ達は互いに顔を見合わせる。
「何か素敵な息子さんみたいだな」
「ああ、お前とひと悶着起こしそうな予感をひしひしと感じるよ」
クレイの皮肉交じりの返答を無視して、疑問を投げかける。
「何で男爵は息子を野放しにしてるんだろう?」
「リデル、一応ダメ元で言っておくが、ジュバラクを何とかするのがお前の役目じゃないからな。先を急ぐ旅をしているのを忘れるなよ」
「わかってるよ。でも、みんな困ってるし、メイエもこの後を考えたら大変じゃないか。何とかしてやりたいって思うだろ?」
クレイはその言葉にがっくりとうなだれた。
あれ? 何で力尽きている?
機能停止しているクレイを横目に、今度はメイエに問いかける。
「メイエ、というわけだから明日すぐに村に戻らなくてもいいかな。お母さんの病状が許せばだけど」
「ええ、2,3日でどうこうなるとは思えないので大丈夫ですけど……」
突然、おかしなことを言い出したオレをメイエは心配そうに見つめる。
「何ができるか、まだわからないけど何とかなると思うよ」
安請け合いしたのは、ソフィアの存在があるからだ。先ほどの様子からも、きっとソフィアは何かを探っているに違いない。いざとなったら、神殿を頼ってもいいし、やりようはある。
オレの意気込みと裏腹にクレイのため息は昼食が済んでも止まらなかった。
食事が済んだ後に老主人に一泊する旨を伝え、空き部屋の有無を尋ねると主人は相好を崩した。
「いやあ、盗賊団のせいで客足が減っていてね。宿屋の方はさっぱりだったんで助かります」
街のさまざまな所に盗賊団出没の影響が出始めているのが、よくわかった。
住人の不安も日に日に高まりつつあるようだ。
オレ達は、二階に上がり二部屋に分かれると荷物を置き、旅支度を解いた。
「何だか、男姿のリデルさんに見られていると変な感じがします」
着替えをするメイエの言葉に、オレは顔を赤くして目を背けると自分自身の着替えを始めた。
男物の旅装を脱ぐと、今度はメイエがじっとこちらを見ているのに気づく。
「ん、どうかした?」
「いえ、信用していましたけど、本当に女の子なんだなぁと……」
メイエの視線はオレの申し訳程度にある胸を見つめていた。
あ、あんまり見ないで欲しい。
いろんな意味で恥ずかしいから。
慌てて着替えていると、「女の子でもいいかも……」という意味深なつぶやきが聞こえたが、スルーすることにした。
着替え終わって、くつろいでいると突然、ドアを叩く音がする。
「お客さん、すみません。下に護衛隊の連中が来てるんです。何か用事があるみたいなので、来てくれますか?」
不安げな口調でさっきの娘さんの声が聞こえた。
「護衛隊が何の用でしょうか?」
「さあ、嫌な予感しかしないけどね」
オレはメイエさんと顔を見合わせてから、階下に降りた。
先にクレイに声をかけたらしく、すでに食堂にはクレイがいる。
それに相対するように、護衛隊とおぼしき連中が5人ほど立っていた。
見覚えがないのでメイエの村に来ていた護衛隊とは別の連中のようだ。
「アトリ村のメイエという娘がここにいると聞いたが、それはお前のことか?」
降りてきたメイエを目ざとく見つけると、隊長らしき男が尋ねてくる。
どうやら、薬師のところに追加の薬草が入ったら連絡して欲しいと宿泊先を残したのが仇になったようだ。
「はい、私がメイエですが……」
不安そうな表情でメイエが返答する。
「では、こちらの二人が護衛だな」
視線をオレ達二人に向ける。
「そうだけど、オレ達に何か用? あんた達と拘ってる暇はないんだけど」
オレの口振りに護衛隊の連中が気色ばむが隊長が押しとどめる。
村に来た護衛隊長よりはしっかりしているようだ。
態度もごろつきというより、傭兵然としている。
「突っ張った態度をとるのは賢明とは言えないな、坊主」
「あいにくと素なんで、変えようがないんだ」
「まあいい、悪いが我々と一緒に来てもらいたい」
「嫌だと言ったら?」
「多少、面倒なことになるな」
「へえ~、面白そうだね」
「ほお、いい度胸だな、坊主」
一触即発なオレ達にクレイが慌てて割って入る。
「待った! そこまでだ。リデル、あんまり事を荒立てるな。隊長さん、あんたもだ。子どもの言うことをいちいち真に受けるなよ」
「む、それもそうだな」
苦笑しながら隊長が言う。
「ご領主様がお呼びだ。盗賊団のことで聞きたいことがあるそうだ。付いてきてくれ」
その命令にオレはクレイの顔に目を向けると、奴は頷いて答えた。
「行くのは構わないが、用があるのはオレ達だけだろう? メイエは残ってもらってもいいよな」
一瞬、考える素振りを見せた隊長は、すぐに首肯する。
「ああ、いいだろう。護衛の傭兵を連れて来いという命令だったからな」
「それは助かる。リデル、メイエさんもそれでいいな」
メイエさんが困った顔をしていたので頷いて安心させた後、オレは隊長さんに向かって言い放った。
「こっちも、男爵様に会いたかったんだ。案内をよろしく頼む」
クレイが小さなため息をつくのをオレは聞き逃さなかった。