ジュバラク ②
それにしても、ソフィアがオレ達との表向きの接触を避けたのは、何故だろう。
恐らく、この街で何かが起きていてるんだ。盗賊団や護衛隊のことも含めて、不可解な点が多すぎる。
調査中のソフィアに万が一があった場合に備えて、オレに累が及ばないように接触を避けた、もしくはすでにオレ達が誰かに監視されている……大方、そんなところだろう。
オレはメイエに悟られないように、こっそり紙片を開いて覗く。
『陽だまりの猫亭』……そう読めた。
紙片を折りたたみ、さりげなく後ろ手に持つと、何気なく近づいたクレイがそっと引き抜く。
メイエの薬師への用事を済ませた後の行き先が、これで決まった。
とにかく、ソフィアの行動が示すように用心することに越したことはないようだ。
◇◆◇◆◇
「え、これだけなんですか?」
「ああ、すまないけど、盗賊団のせいで市税が上がってね。街中の商品は軒並み値上げになっているんだよ。それに、そもそも原料の薬草自体も品薄なんだ」
渡された薬の量と価格を見て驚くメイエに薬師がすまなそうに答える。
「これじゃ一月も持たないわ……どうしよう」
途方に暮れるメイエに声をかける言葉が見つからない。
お金なら貸してあげられるが、薬の在庫がないのでは手の打ちようがなかった。
思うように買えずに落ち込むメイエを連れて、オレ達は件の宿屋に向かうことにした。
『陽だまりの猫亭』は二階が宿屋で一階が食堂というありふれた造りになっていた。老夫婦と近所から通う女の子の三人で切り盛りするこじんまりとした宿屋だ。素朴で家庭的な、いかにもクレイが好みそうな雰囲気で、ソフィアがここを選んだ理由がよくわかった。
さすがにお昼時から時間が経っているせいか、お客はまばらだが、食堂内には美味しそうな匂いが立ち込めていた。
オレ達が扉を開けると、給仕の娘さんが声をかけようとして固まった。
すでにお約束になりつつあって恐縮だが、オレの容姿に驚いているらしい。
続けて入るクレイもそれなりに男前だし、目を見張るのもわかる。
一緒にいるメイエが何気に自慢げなのが可笑しい。
関係者と思われるのがそんなに嬉しいのだろうか?
まあ、さきほどまで落ち込んでいたことを考えれば、少しでも元気になってくれるのはいいことだ。
え、お母さんが病気なのに不謹慎だって? それはそれ、これはこれだとオレは思う。
生と死が隣り合わせのこの世界では、誰もが生き抜いていくことで精一杯だ。
だから、些細なことで、笑ったり楽しんだりすることが大切なのだ。
それに田舎の女の子は純朴で擦れていないと考えるのは都会に住む上流階級の男たちの願望に近い。
傭兵をしながら、各地の村々を回って感じたのは彼女たちがしたたかで抜け目がないということだ。
作り物めいた上品な花ではなく、雑草のような強さを秘めている彼女たちに幾度となく驚かされた。
メイエもきっと柔和な人柄の奥に強い芯を持っているように思える。
そうでなければ、病気の母親と幼い弟を抱えて、こんなに前向きに生きていけるとは思えない。
「悪いことは言わないから、今夜はジュバラクに泊まろうよ」
「でも……宿代が」
食堂のテーブルにつき、遅い昼食をとろうとすると、メイエがこれから村に戻ると言い出だしたので慌てて引き止める。
今までは朝早く徒歩で村を出て、ジュバラクに着いて薬を手に入れたら、その足で村へ帰るという日程を繰り返していたらしい。
けど、盗賊団の出没する現在でそれは自殺行為に等しい。
「そのぐらいなら、オレが出してもいいから」
「え……それって、もしかして……そのごめんなさい。リデルさんのこと嫌いじゃないですけど、私そういうことは……」
「ち、違うから……誤解しないでくれ。オレはそういうつもりで言ったわけじゃない」
「でも、さすがに二人相手は無理……」
「メイエ、ちゃんと話を聞いてくれ」
隣で笑い転げるクレイを蹴飛ばしてから、仕方なく秘密を打ち明ける。
「オレ……ホントは女なんだ」
「へ?」
言った意味が理解できずにメイエの目が泳ぐ。
「え! えええ……んぐっ」
理解したとたん、大声を上げそうになるメイエの口を慌てて塞ぐ。
「メイエ、静かに……いいかい、これは秘密の話なんだ」
メイエはオレに口を塞がれながら、こくこくと頷く。
「じゃ、手を放すけど、落ち着いてね」
オレがメイエを解放すると、彼女は不足した酸素を補うように、息を大きく吸い込んだ後、目を丸くして呟いた。
「驚きました……でも、リデルさんなら納得です」
「納得?」
「ええ、そんなにも美しかったら、男装しないで旅をするなんて命がいくつあっても足りないでしょうから」
「……ああ、そう」
「じゃあ、リデルさんとクレイさんはそういう関係なんですね」
「えっ、それは……」
「いや、あくまで主人と護衛だ」
こういう時、いつもなら茶化すクレイが珍しく真顔でメイエの質問に答える。
何か改めてそう言われると、ただそれだけの関係に聞こえて何故だか胸が少し痛んだ。
「とにかく、そういうわけだから今日はジュバラクに泊まって、オレと一緒の部屋で寝ること。いいね」
「は、はい。リデルさんがそういうのなら……」
やっと納得してくれた。
こうでも言わないと、メイエのことだ。今までのようにオレとクレイで一室とって、メイエのためにもう一室とるだなんて言ったら、絶対に受け入れたりしないだろう。
こんなにも早く秘密をばらすことになるとは思わなかったけど、メイエの安全のためには仕方がない。
それに、こんなにも健気なメイエを騙すのも気が引けた。
っていうか、妙に意識されてこっちもやりにくくて困っていたりした。
まあ、女性が男装して旅をすることはよく聞く話なので、メイエも取り立てて騒ぐこともないだろう。