二人旅 ①
「クレイ、お早う。今日も良い天気だね」
目を覚ますと、すでにクレイの姿がなかったので階下へ降りると、果たして食堂にいるのを見つける。
「お早う、まだ寝ていてもいいんだぞ。後で部屋まで朝食を持っていくつもりだったんだ」
「ああ、ありがとう。でも、こんな良い日にいつまでも寝てるなんて、もったいなくてさ」
帝都を出て2日、オレとクレイは順調に旅を続けていた。
ソフィアは予定通り先行していて、オレとクレイの二人旅だ。
考えてみれば、団が解散した後の傭兵時代は、こうして二人きりでずっと旅をしていたのだけど、あの当時と状況は大きく異なっている。
オレの身分もさることながら、男同士の気ままな旅ではなくなっていたからだ。
「しかし、お前の大胆さには呆れて物が言えないぞ。後でケルヴィン達に怒られても責任は持てないからな」
隣の席に座ったオレを見つめて、クレイは言葉とは裏腹にひどく残念そうに呟いた。
「でも、効果的な策だろう」
そう言うとオレは、すっかり短くなった自分の髪をなでた。
実のところ、宮殿から出る際のオレの格好は、頭からフードを被って長い黒髪を隠し、神殿巡礼者に扮していた。
というのも、巡礼者は男女とも同じ格好をしていて一見すると性別不詳に見えるし、顔もフードで隠すことができ、無用ないざこざに巻き込まれないだろうとケルヴィンが判断したからだ。
けれど、宿屋や衛兵の検問など顔を見せる機会は、それなりに多い。
自分で言うのもなんだが、今のオレはかなり目立つ容姿をしている。
さらに艶やかな長い黒髪は女性らしさを強調し、それだけで耳目を集めるのは想像に難くない。
なので、オレは道中の安全のために『髪を切る』という選択肢を旅へ出る前に提案したのだが、ケルヴィンは元よりユクやシンシアからも大反対を受けて、断念せざる得なかった。
そんなにも大袈裟に反対する理由が今一つよくわからなかったけど、泣きそうなユクと血相を変えたシンシアに逆らう勇気はオレにはない。
ただ、オレとしては安全性を高めるためには、かなり有効な手段だと内心では考えていた。
そこで、宮殿から出て一旦クレイの一族の隠れ家に立ち寄った際に、思い切って自分でばっさり切ってしまったのだ。
その時のクレイの嘆きっぷりには、かなりドン引きした。
今では、普通に接してくれるようになったけど、切った当初はオレの頭を見る度に悲しげなため息をつくんで、鬱陶しいったらなかった。
本当に面倒くさいったら、ありゃしない。
でも何で、男っていうのは髪の長い女性が好きなんだろう?
似合う似合わないもあるし、ショートだって可愛いのに。
まあ、手入れされたロングヘアはそれだけでとても綺麗だし、さらさらと流れるさまは女性らしさを強調するには打ってつけだとは思うけど、それを維持するのはホント大変なんだから。
女になって、心底それを実感した。
オレの場合、シンシアがいたからまだいいけど、普通にその手間を惜しまない女性は確かに女子力が高いのかもしれない。
とにかく、髪を切った今のオレは男時代のオレに戻ったような気分になっていて、すこぶる機嫌がいいのだ。
だって、スカートじゃないんだぜ。
戦うときに動きやすいし、下着が見えそうとか気にしなくてもいいんだから。
ホントに嬉しい。
「お前が機嫌がいいのは歓迎すべきことなんだが……」
クレイがオレの格好をまじまじと見てから、ため息をつく。
「あの可愛らしい姿のリデルが見られなくなって、複雑な気分だ」
「気色悪いこと言うな、張り倒すぞ」
クレイは肩をすくめるとオレの分の朝食を宿屋の主人に頼んだ。
「それはそうとリデル、二人とも同室というのは、やっぱり不味いんじゃないか?」
注文を終えたクレイは、オレに向き直るとまじめな顔で言う。
「どうして?」
オレが髪を切ったので、巡礼者と護衛の設定は止め、男二人組の傭兵という懐かしい設定に変更していた。
「いや、表向きはともかく、実際は男と女なんだから、いろいろとその……問題があるだろう?」
「え、クレイとオレだぜ。何か問題があるのか?」
「いや、ないと言えばないというか……あるというか」
「はっきりしない奴だな。第一、仮にも男同士っていう触れ込みなのに二部屋とるなんて不経済だし、目立つことこの上ないぞ」
「そ、それは、そうなんだが……」
「なら、いいじゃないか。オレは別に気にしないぜ」
「……(俺が大いに気にするって!)」
クレイがげんなりしているのに気づかず、オレは気になっていることを聞く。
「で、クレイ。これからの予定、どうなってたっけ?」
オレの質問にクレイは『はぁ?』という表情をする。
「出発する前に大まかな旅程について説明してやっただろう?」
「あ? ああ。一応、聞いてたけど、あんまり覚えていなくて……」
「さては、お前。久しぶりの冒険に浮かれて、俺の説明を上の空で聞いていたな」
「そ、そんなことは…………ごめんなさい」
オレがあっさり降参するとクレイは苦笑いしながら、説明を始める。
「とりあえず、最初の目標は帝都とアリスリーゼの中間地点にある『カンディア城塞都市』だな」
「カンディアか、懐かしいな」
城塞都市カンディア。オストフェルト伯爵領の中心都市で、カイロニア・ライノニア両陣営の勢力圏の境にある都市だ。
元々は東西を繋ぐ交易都市として発展してきたが、双子戦争の際にオストフェルト伯がカイロニア陣営に属したことから最前線の街となり、カイル公の援助により城塞化された。
二回の内戦の内に都合4回の局地戦があった激戦区で、傭兵たちにとっては実入りの良い稼ぎ場所でもあった。
かく言うオレとクレイも4回目のカンディア紛争に傭兵として参加し、偶然が重なった結果、カイロニア軍に勝利をもたらした立役者となった。
遠い昔の出来事のように思えるけど、わずか2年ほど前のことに過ぎない。
思えば、その戦勝祝典でエクシーヌ公女と出会い一目で恋に落ち、彼女に見合う実力を手に入れるために聖石を求めたのが、今の現状に至る発端だったと言える。
ああ、エクシーヌ皇女。
今頃、どうしているんだろうか?
女になった今でもオレの憧れの女性だ。
現在のオレでは彼女を支える騎士にはなれそうにないけど、友達にならなれるかもしれない。