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いつまでも可愛くしてると思うなよ!  作者: みまり
いいかげんにしないと怒るからね!
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皇女直轄領と帝国海軍 ②

 オレが驚いているとクレイが後ろから背中越しに説明してくれる。


「元々は、モウストベルクと言う名の皇帝直轄領だったのを、皇女が生まれたのを機にデュラント三世が皇女にちなんだ地名に変更させ、皇女直轄領にしたそうだ」


 だから、アリスリーゼ……なのか。


「皇女に代わって直轄領を治める代理統治官のレイモンドという男が、なかなか食えない奴でね。双子戦争の折に皇女直轄領であるからどちらの皇帝にも与さないと中立を宣言したのさ。その後も両公国に属さずに貿易や外交手腕を駆使して中立を保ち、独自路線を進んでいるってわけだ。もちろん、アリスリーゼに拠点を置いている海軍も一緒だ」


「しかも皇女不在を理由に帝国へ納税さえしておりません」


 なるほど、皇女直轄領であり、海軍の根拠地であることを最大限に利用しているわけだ。


 レイモンドって人もなかなかの悪人みたい。


「それで?」


 苦虫を噛み潰したような表情のケルヴィンに話の先を急がせる。


「アリシア皇女殿下がこうして、帝都にお戻りになったわけですから、皇女直轄領としては諸手を挙げて喜ぶべきところです。当然、すぐさまアリスリーゼに使者を送り、恭順を迫ったのですが……彼奴ら、不遜にも真贋が判明するまでは、おいそれと協力できないと拒否してきたのです」


 いつものクールさに綻びが見える。

 うん、相当頭にきているようだ。


「あまつさえ、言うに事欠いて、『皇女殿下が皇女直轄領にご帰還になれば、臣民上げてご歓迎いたしますのに』との言上、まことに許しがたき振る舞いです」


 まあ、ケルヴィンとしては皇女が戻れば、皇女直轄領は座して手に入ると算段していたのだろう。

 思惑が外れて、機嫌が悪いというところか。


「そう息巻いても、未来の宰相殿としては、ぜひ直轄領を抑えておきたいわけだ。上手くすれば、海軍も手に入るかもしれないわけだしね」


「……端的に言えば、その通りでございますね」


 面白く無さそうにケルヴィンが答える。


 ふむ、ここは思案のしどころだ。

 ケルヴィンの苛立ちもわからないでもない。


 何か、妙手はないものか?


 オレが考え込んでいると、時刻を気にしたケルヴィンが退出を告げてくる。


「お時間をとらせました。私は、この後に部下との打ち合わせがありますので、これにて失礼いたします。とにかく、喫緊の課題として『皇女直轄領と帝国海軍』の問題があるということは理解していただけたと思います。打開策はこちらで考えますが、殿下のお手を煩わせることになるかもしれません。その折はご容赦願いたく……」


 ケルヴィンはそう言い残すと渋面のまま、急ぎ退出して行った。


 それを見送りながら、再び思案に暮れていると、何か言いたげなクレイに気づく。


「何か言いたそうだな、クレイ」


「まあな、皇女直轄領の食えないおっさんについて、多少は知っているんでね」


「もしかして知り合いなのか?」


「まあ、顔見知り程度にね」


「いったいどんな人物なんだ?」


 そうだな、とクレイはちょっと考えるとこう言った。


 いろんな意味で『怪物』だと。





 皇女直轄領代理統治官レイモンド・フィールの前半生を知るものは少ない。


 一介の商人から身を起こし、貿易で財を成し、デュラント四世と昵懇となり政商と呼ばれる。そして、その腕を見込まれ、皇女直轄領の代理統治官となった後も、帝国に影響力を及ぼし続ける稀代の政治家。

 一方で芸術家や音楽家の育成に力を入れ、アリスリーゼを芸術の都と呼ばせるまでに至る。


 そんな高名な人物とクレイが顔見知りだなんて……。


「もしかして、お前の親父さん絡みか?」


 ピンときて尋ねると、とたんに嫌な顔をする。


「まあな、実家にいた頃、親父にあちこち連れ回されてたからな」


 跡継ぎとして、各方面に顔を繋ぐために父親に同伴することは、よく聞く話だ。


「ふうん、それでその『怪物』は、どういう男なんだ?」


「そうだな……一口で言えば調子の良い男だ。人当たりが良くて、口調も柔らかい。地位に関係なく腰も低い。一見すると軽い男に見えるかもしれない」


「なんか良い人そうに聞こえるけど」


「表面上はな。けど、それに騙されると痛い目にあう。恐ろしく頭が切れ、抜け目がない……だが、話はわかる男だ」


「伊達に成り上がってきたわけじゃないってことか」


「そういうことだ」


 なんだか面倒くさい相手だな。



「リデル……」


 クレイは一瞬、黙り込むと思い切ったように口を開く。


「お前が望むなら、話をつけに行ってもいい」


 その口調に言葉以上の重みを感じた。


「それは、クレイにとって不本意なことか?」


「いや……お前のためなら、どうってことない」


 クレイのどうってことないは、どうってことあると同義だ。


「なら、止めとく。他の手を考えるさ」


 オレが笑って答えると、クレイは何か言いかけて口をつぐんだ。


 大方、クレイの実家絡みの話になるのだろう。

 オレのためにクレイが自分の志を曲げるのは見たくなかった。


「話はわかる男なんだろう? 直接、話し合えばわかって……」


 直接、話す……?


 ――『皇女殿下が皇女直轄領にご帰還になれば、臣民上げてご歓迎いたしますのに』――

 

 確か、そんなこと言ってなかったか?


「クレイ、名案が浮かんだ。すぐに、ケルヴィンを呼び戻してくれ!」


 突然、声を上げたオレをクレイは心配そうに見つめた後、すぐにケルヴィンを呼び戻すために立ち上がった。


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