帝国参事会 ④
「ケルヴィン殿のご提案、確かに一理あると私も思います。ですが、貴君も私も文官です。ここは専門家である武官の意見を聞いても良いのではありませんか?」
彼女の、私は一方的にはやられませんわよという意思が伝わってくる。
「小生もそう思いますぞ、ケルヴィン君」
尻馬に乗って猿顔のネルレケス内政官も慌てて同意を示す。
「いいでしょう、それではグルラン将軍、いかが思われますか?」
突然、名指しされて猛牛将軍は目を白黒させた。
「率直な意見でよいのか?」
「はい、もちろん」
「では言うが、ライノニア軍に近衛など不要だ」
「な、何を言い出すのかね、グルラン殿!」
味方の暴言に、猿顔の内政官は青くなって叫んだ。
「奴らなどプライドばかり高いくせに、実戦能力を伴わない馬鹿どもばかりだ。足手まといもいいところだと言うのに、わがまま放題で、一緒にいるだけで反吐が出そうになる」
「グ、グルラン殿!」
「嘘を言っても始まらん。俺の本音として、そう思っている」
「グルラン将軍、真摯なご意見ありがとうございました」
吐き捨てるように言うグルランにケルヴィンはにこやかな笑みで応える。
「さて、次はアーキス将軍ですが……名将と名高い将軍としては、いかがお考えでしょうか?」
ケルヴィンに名を告げられ、アーキス将軍は渋い顔をした。
「貴公の申されることは、一面正しいのだろう。けれど、現状は帝都に皇帝も兵衛府の首座で在られる上将軍も不在だ。いったい誰の命で人事を進める、また近衛軍の指揮は誰に執らせるおつもりか?」
「皇女殿下の名の下に新たな近衛軍司令を任じる予定です」
大方、デイブレイクを就けるつもりなんだろう。
「これは異なこと、皇女にその権限があるとは不明にも存じ上げなかった……さらに現在の近衛軍司令はいかがなさるつもりか」
「同じ言葉をお返しいたしましょう。公爵に帝国正規軍の人事に口を出す権限があるとは知りませんでした。現在、二人もいる近衛軍司令は両公爵が勝手に任じた者ではないのではありませんか?」
「その発言は公爵に対する侮辱であろう。問題ですぞ!」
猿顔内政官が目くじらをたてる。
「これは失礼、言い方を変えましょう。公爵様が任じることができるのなら、第一継承者の皇女様が任じるのも異なことではないでしょう」
お猿さんがぐぐっと唸って沈黙するが、アーキス将軍はため息をついて反論する。
「これは、わしが思うておることで、カイロニア軍全体がその解釈で動いているわけではないことを前提に話をするが……皆は東方大将軍と西方大将軍を知っておるかね?」
「寡聞にして知りませんでした。どのような役職でしょうか?」
素直に不明を認めたケルヴィンが尋ねる。
「かつて帝国全土を巻き込む大きな内乱があった時代、時の皇帝ソノドローク一世は乱を鎮めるために軍略に長けた三男と四男をそれぞれ東方大将軍と西方大将軍に任じて鎮圧に当たらせたという記録が残っておる。乱後、その功績を称え、二人を公爵に任じ臣籍に降ろしたのだが、その際に両家へ『帝国にこれあるとき、帝国を守護せよ』と東方大将軍と西方大将軍の職も公爵家へ与えたままにしたという」
「それで……?」
「その公爵家というのがカイル・ライル皇子が継いだアルベルト家・エドワース家なのだ。したがって、お二人は公爵を継いだ折にその将軍職も継いだというわけだ。古文書によると、あくまで非常時における臨時職としてだが、その職位は上将軍より上位と記されており、帝国軍の人事に意見することは当然、軍規に反しない」
今度はケルヴィンが考え込むように沈黙する。
「もっとも、こんな古めかしい話を持ち出すのをわしぐらいなものさ。両公爵様ともご自分が皇帝であると即位した折に帝国軍を指揮下に置かれたからな。そこまで考えてはおらぬだろうよ。ただ、わしはそういう心づもりで軍責を全うしておるのだ」
なるほどと思った。
義理堅い帝国軍人であるアーキス将軍が内乱を助長することがわかっているのに、カイル公爵に仕えている理由がずっとわからなかったからだ。
帝国軍人としての職制を頑なに守ってきたんだと考えると得心がいった。
「なるほど、将軍のご見識に感服いたしました。けれど、そのお話あまりに古色蒼然でありませんか。覚えている者も何人いましょうか」
「あくまで、わしの個人的思い入れに過ぎんさ。ただ、お前さんが正当性を論じたので、それに答えたまでのことだ。それと、カイロニアの近衛軍司令ティオドルフは優秀な男でな。彼を今の地位から降ろすのは勿体無いと思っておる。つまりは、近衛軍の再編成に賛同できかねるというわけだ」
「ご意見として、しかと承りました。ありがとうございます……それでは他の方のご意見も確認しましょう」
結局、賛成はオレ、トルペン宰相補、ラーデガルト前尚書令、ニールアン前聖神官、ケルヴィン内政官、グルラン将軍、ザーレフ大神官の七名。
反対はライル公爵(代理)、ネルレケス内政官、カイル公爵(代理)、リセオット内政官、アーキス将軍の5名。
棄権、ホーフェン大神官、1名。
以上となった。
グルラン将軍が賛成側につくとは思ったけど、ザーレフ大神官がこちらについたのは意外だった。
まあ、賛成と言っても「私は皇女殿下に一任いたします」とハアハアしながら言われたので、純粋な賛成とは思えなかったけど。
って言うか、近くに寄って来るな。マジで泣くぞ。
それと、ホーフェン大神官は「世情の争いごとには無縁でありたい」との趣旨から棄権した。
結果、賛成多数で近衛軍の再編成は決することになった。
「公爵には参事会の結果をご報告いたしますが、近衛軍の再編成が実現するかは確約できません。参事会の決定に法的強制力はありませんので……」
リセオット内政官はそう負け惜しみを言っていたけど、公爵としても考慮しないわけにはいかないだろう。
そうしないと、今まで自分達が参事会で決めてきたことが反古になる可能性があるからだ。
今回の参事会はケルヴィンの完勝といったところか。
すべての議事が終了し、オレが台本どおり最後に講評を述べると、帝国参事会は閉会した。
オレが内心、ほっとしながら退出しようとすると、アーキスのおっさんが何か言いたげな表情をしている。
声をかけてやりたかったけど、リデルとは別人という設定なので無視する他なかった。
皆に送られる形で会場を出ると、差配しているアレイラを見かける。
部下に指示を出すなど、本当にてきぱきと働いていて感心した。本人は不本意かもしれないが、意外と裏方も合っている気がする。
何となく、声をかけるのが躊躇われて、オレはそそくさとその場を離れた。
アレイラの性格からして、地味に頑張ってる姿は見られたくないような気がしたからだ。
実際、アレイラって派手な容姿や言動で勘違いされやすいけど、けっこう真面目で努力家なんだよな、本人は絶対に認めないけど。
それはさておき、座っていただけなのに意外と疲れた気がする。
やっぱり、会議は苦手だ。
今度から、オレも両公爵のようにケルヴィンを代理にして一任しようか。
そんな考えに囚われながら、控えの間で待っていたシンシアと合流し 、自室へと向かった。