帝国参事会 ③
「また、本日はご参加されませんが、カイル・アルベルト・デュラント公爵、ライル・エドワース・デュラント公爵が参事会の構成メンバーとなります。そして……」
一拍おくと、ケルヴィンは淡々と宣言した。
「私がこの度、帝都内政官を拝命し、参事会の議事進行を務めるケルヴィン・ロクアでございます。以後、お見知りおき願います」
一同の不満げや訝しげな表情を見て、ケルヴィンは続ける。
「最初に確認しておきましょう。本来、参事会構成員でないライノニア・カイロニアの方々が本会に名を連ねている経緯でありますが、皇帝不在の現状に両公爵が帝国の行く末を憂い、自発的に参事会にご参加されるようになったと聞き及んでいます」
言い方は綺麗だけど、実際のところ、ごり押しで参加したのは明白だ。
「そして、この度ご生還なされた帝位第一継承者である皇女殿下もまた同様に帝国の現状を憂いておられます。ぜひ自分も参事会で微力を尽くされたいとの御申し出があり、私も若輩ながらお力添えしたいと考え、このような次第となりました」
意訳すると、両公爵がごり押ししたんだから、皇女もするぞってことだ。
帝国法に記載の無い超法規的機関とはいえ、めちゃくちゃな話だけど、反対の声は上がらない。
自分たちのやってきたことに負い目を感じているからだろうか?
まあ、そういう訳で、なし崩し的にオレとケルヴィンの参加は認められ、その後は定例の議事が恙無く進行した。
そして、参事会も終盤に入り、あらかたの議事が終わったの見計らい、ケルヴィンがおもむろに一つの提案をする。
「さて皆様、私から一つ提案したい案件があります……近衛軍の再編成について、ご検討いただきい」
寝耳に水の提案に参事会一同は声を無くした。
さて、ここで帝国軍について、簡単におさらいしようと思う。
って、偉そうに言ったけど、オレも良く知らなくてクレイに教えてもらったばかりなんだ。
帝国正規軍は元々、6軍に分かれていたらしい。帝国第1軍から第4軍と近衛軍、それに帝国海軍だ。
第1軍は帝国南西部の都市ティシャを拠点に対ディストラル帝国を想定して編成された軍であり、第3軍は帝国南部の都市ソルヴェを拠点に対フォルムス帝国を想定して編成された軍だ。
一方、第2軍は帝国南東部の都市エルスウを拠点に対アルムス王国を想定して編成された軍で、第4軍は帝国北東部の都市ラクジュを拠点に対北方諸国を想定して編成された軍だ。
つまり、元々第1軍と第3軍は現在のカイロニア側に、第2軍と第4軍はライノニア側に拠点を置いていた訳だ。
デュラント4世が行方不明になり、内戦が勃発した時、両公爵は自らを皇帝を名乗り、支配地域にあった帝国軍を自分の指揮下に組み入れた。
したがって、ライノニア・カイロニア公国軍というのは、帝国正規軍を中心に公爵やそれに与する貴族の私軍、傭兵団によって成り立っているのが現状なのだ。
そして近衛軍。
近衛軍は、皇帝の住まう帝都防衛の要として編成された精鋭部隊だった。
けれど、皇帝遭難の時同じく、近衛軍司令が何者かに暗殺されてしまい、身動きが取れぬまま内戦へと突入してしまったのだという。
結果、両公国が帝都周辺での大会戦後に停戦を迎えた折に、近衛軍の半分をライノニアが、半分をカイロニアが接収し、それぞれ近衛軍を名乗っている。
つまり、帝国には現在、近衛軍を名乗る軍が二つも存在するという訳だ。
まさしく内戦の生み出した落とし子で、帝国の現状を如実に表した実例と言っていい。
「護るべき帝位継承者がいる現在、近衛軍が帝都にあるのはごく自然なことではありませんか。ついては、可及速やかに帝都に近衛軍を集結させ、再編成を行う必要があると小官が愚考いたしますが……」
ケルヴィンの提案に列席者から返答はない。
そうか……クレイの言っていたケルヴィンの目的って、このことだったのか。
帝都に近衛軍、つまりは皇女側に固有の戦力を保持する……それがケルヴィンの狙いなんだ。
両公国軍と対等に渡り合うために固有の戦力は必至だ。
皇帝に即位しても武力が無ければ、説得力がないし誰も従わない。
そのための布石という訳だ。
ケルヴィンの奴、自分が宰相になるために本気でオレを皇帝に就けようとしているのか。
オレは奴の執念に身のすくむ思いがした。
「皇女殿下が帝都におわす事を考えるに、近衛軍を再編成し防備することは、極めて自然なことと思われますな」
真っ先にラーデガルド前尚書令が賛同する。
「大神殿としても、帝都の防衛を担う戦力が我が神殿騎士団と帝都守備隊だけというのは、常々問題だと思っておりました。我が騎士団はともかく貧弱な帝都守備隊では帝都防衛の任は荷が重過ぎるでしょう。近衛軍の再編成は願っても無い話です」
ニールアン前聖神官も同様に賛意を示す。
この二人にどんな見返りを約束したかは知らないが、確実に味方につけてるのが、よくわかった。
黙っていたトルペンが大きく頷く動作をすると、ケルヴィンは大げさに驚いてみせる。
「なるほど、宰相補もご賛同いただけるのですね。殿下も同じ考えと伺っております。この案件は可決と考えてよろしいですね?」
場の流れが近衛軍再編成に是と傾きかけた時、リセオット内政官が発言を求めた。