帝国参事会 ②
「次に右手に戻って、前尚書令の『ラーデガルト』様でいらっしゃいます」
ケルヴィンは自分を飛ばして、オレの右手の二番目の席の老人を紹介する。
尚書令は前に話したように行政府のトップの役職だ。
ラーデガルドは、にこにこした白髪のお爺さんで、どことなく梟を連想させた。
よし、梟爺さんと認定しよう。
「ラーデガルドでございます、殿下。再び、お会いできて嬉しく思います」
梟爺さんは、一礼すると親しげな笑顔を見せた。
良い人そうに見えるけど、帝国の内政を支えてきた人だ。
額面を信用するのは早計だろう。
「次はまた左手に戻り……」
ケルヴィンは順を追って紹介を続ける。
「前聖神官の『ニールアン』様でいらっしゃいます」
「ニールアンでございます。この度の奇跡のご生還はイオラート神のお導きと殿下のご信心の賜物でございましょう。今後も殿下と帝国の繁栄を大神殿は祈ってまいる所存でございます」
台詞は神官としての立場を感じさせる敬虔なものだけど、話している人物の印象はそれとは異なる。
長身痩躯で神経質そうな男で、聖職者にしては酷薄な感じを受けた。
何故だろう、爬虫類的なイメージが……そうか、蜥蜴に似てるんだ。
オレの頭の中で、蜥蜴神官と命名される。
にしても、この人が本当に大神殿のトップにいたとは、ちょっと信じ難い。
きっと能力はすごく高い人なんだろうけど、部下になったら大変そうな気がする。
オレとの相性はケルヴィンのそれより悪いに違いない。
正直、彼を聖神官に推薦した教皇の見識を疑ってしまう。
何か政治的な配慮が働いたんだろうか。
大体、さっきは大神殿を代表するかのような発言をしたけど、今は引退して大神殿の籍から離れているので、何の権限もないはずだ。
もちろん、影響力は残っているだろうけど、実際に大神殿を動かせるかと言ったら、たぶん無理だと思う。
引退して時間が経っているし、人望無さそうだもの。
それよりも、極めて問題だと思うのは、彼の追従の言葉の裏にオレへの侮りが透けて見えていたことだ。
恐らく、市井で育ったオレに対し、見下す気持ちがあるのだろう。
神官として帝国において最上位に上り詰めた身としては、礼儀も知らず教養もない小娘を皇女として敬うのが我慢ならないに違いない。
気持ちはわかるけど、オレとしても今さら育った環境を変えることもできないし、大人なんだから内心はともかく表向きは不遜な態度は止めた方がいいと思うけどね。
まあ、とにかく、ここはなるべく大人しくて、これ以上敵対しないように気をつけよう。
「それでは続いて……」
オレがそんな風に考えている間にも、ケルヴィンの列席者の紹介は続いた。
残る六名は、それぞれライノニア、カイロニア両公国から派遣され参加している人員だ。
オレの左手側にライノニア陣営、右手側にカイロニア陣営が座っている。
ライノニア側は、ネルレケス内政官・グルラン将軍・ホーフェン大神官の三名で、カイロニア側は、リセオット内政官・アーキス将軍・ザーレフ大神官の三名だ。
クレイから聞いていた情報と若干の人員変更があったようだ。
とにかく、参事会にこれから毎回参加するとなると名前と顔を一致させておく必要がある。
簡単に覚えるために、受けた印象をお得意の動物分類で整理しておくか。
ライノニア陣営のネルレケス内政官は、さっきケルヴィンに難癖をつけた皮肉屋で小柄なおじさんだ。
オレの頭の中では、すでにお猿さんと認定済みになっている。
同じ内政官となったケルヴィンに対し、強い対抗心を持っているようで、後々面倒なことになりそうな気がしてならない。
グルラン将軍は声が大きく体格もがっしりしていて、例えるなら猛牛のようなおじさんだ。威圧的で、力技で相手をねじ伏せるタイプに見える。
傭兵時代の噂では、苛烈で攻撃的な用兵を好むと聞いた。
ホーフェン大神官は面長で目立たない容姿をしていて、寡黙で真面目そうだ。
何となく忠実な中型犬の印象を受ける。
冴えない印象に反して、今の地位に就いていることを考えると、きっと優秀な人なのだろう。
結論的に、ライノニア陣営は、どうも全体的にオレに対し、好意的な感情を持っていないような印象を受けた。
いきなり現れた皇女を素直に認めがたいのは当然かもしれない。
一方のカイロニア陣営のリセオット内政官は、急病で引退したブロラス内政官に代わって抜擢された人物だ。
オレを除いた参事会唯一の女性で、美人だけど何処か険のある目つきが冷たさを感じさせ、怜悧な狐を思わせた。
アーキス将軍は知っての通り、帝国でも指折りの戦巧者の上に人格者で兵や民からも人気が高い。オレもルマで、いろいろとお世話になったし、動物分類では、おまけして老獅子ってことにしてあげよう。
最後のザーレフ大神官は何とも形容しがたい人物だ。顔や服装の下に見え隠れする肌は色白で、きめ細かい柔肌が乳児のそれを連想させる。
豪奢な神官衣がはち切れそうな体型と風貌は、どこから見ても……言いにくいけど、丸々と太った豚のように見えた。
何よりオレに向ける崇拝の視線の裏に、どこか好色的めいた色合いを感じ、生理的な嫌悪感を覚える。
うん、極力関わらないようにしよう。
カイロニア陣営の方はライノニア陣営とは逆に、(含むところもあるが)概ねオレに対し好意的な印象を持っているように感じた。