街の噂 ②
「しっかし、帝国参事会かぁ~」
オレが憂鬱そうに、ため息をつくと、昼食の準備を進めていたシンシアが眉を顰める。
何も言わないが、目には非難の色が見えた。
わかってるよ、大事な会議だっていうのは。
でも、昔から会議とか打ち合わせって嫌いなんだよ。いつも難しい話はクレイに任せきりだったし、座っているより動いている方が好きなんだ。
べ、別に脳筋って訳じゃないから。
考えるのは決して嫌いじゃないけど、速さが信条のオレとしては、すぐさま行動に移したいだけなんだ。
「皇女になったんだし、もう少し頭を使った方がいいと思うぞ」
ちゃっかり、昼食もいただこうとしているクレイが呆れたように言う。
「お言葉ですが、クレイ様。こうなった原因はクレイ様にもあると思います」
そうだ、そうだシンシア。君の言う通りだ、もっと言ってやれ。
「クレイ様が甘やかし過ぎるから、こんな残念な皇女になってしまったのではないでしょうか」
「それを言われると、返す言葉もない。反省してる」
お、おい、クレイ。そこは少しぐらい反論しろよ。
シンシアが言うほど、オレは残念皇女じゃないって…………あ、でも何だか自分自身否定できないような気がしてきた。
微妙に落ち込んでいるオレを尻目にクレイが続ける。
「仕方ない、責任の一端を感じて、帝国参事会のおさらいをするか」
「え、食事しながらするのかよ。マナー違反じゃないのか?」
大体、難しい話を聞きながら食べると消化に悪そうだし……。
「大丈夫だ。口に入れたまま話したりはしないさ。お前も食事中に会話を楽しめるぐらいのスキルを身につけないと、優雅に会食なんでできないぞ。第一、時間が足りてないんだ。多少の行儀の悪さは目をつぶってもらうしかない」
シンシアの方を見ると、不本意そうな顔だが、渋々頷いている。
「好きにしてくれ」
オレは諦めてクレイの説明を聞くことにした。
「そもそも、『帝国参事会』が帝国法に明記されておらず、統治制度にも含まれていないことは覚えているな」
「うん。あくまで皇帝の相談役で、私的な機関なんだろ」
「その通りだ。だから、本来は帝国参事会に国政を左右する権限はない。参加するメンバーも、通常は『皇帝』『宰相』『前宰相』『前尚書令』『前聖神官』『前大将軍』の6人に加え、皇帝に招請された有識者で構成される」
「諮問機関であって、決定機関ではない――だったっけ?」
皇女候補の時に勉強した講義では、そんな話だった筈だ。
「そうだ。しかも、現在も本質的には変わっていない……ところでリデル、今の参事会のメンバーを言ってみろ」
「え? え~と……『カール・トルペン宰相補』『ラーデガルト前尚書令』『ニールアン前聖神官』、前大将軍は亡くなっていて……『ライル公爵』『カイル公爵』と後は誰だっけ?」
「ライノニア側の『グルラン将軍』『ネルレケス内政官』『ホーフェン大神官』、カイロニア側の『アーキス将軍』『ブロラス内政官』『ザーレフ大神官』の計11人だ。尤も、両公爵は安全のため参事会には参加せず、内政官が代理を務めているけどな」
ふ~ん、アーキスのおっさんが来てるのか。知ってる顔があると、少しほっとするな。
「聞いている通り、今回は特別に皇女であるお前も参加することになっている。本来はメンバー以外の参加は認められないが、今回は第一帝位継承者としてお披露目の意味もあるのだろう」
まあ、顔見せ程度なら、我慢するしかないか。
「皇帝のいない現在、この参事会が実質上、帝国の方針や政策を決めていると言ってもいい。だから、ケルヴィンはこの会議をとても重要視しているし、何か思惑もあるらしい」
「具体的には、何するつもりなんだ?」
「おそらくは皇女の参事会への参加権限とケルヴィン自身の参加をねじ込むつもりなんだろう」
え~、今回は我慢するけど、毎回参加はちょっと勘弁して欲しい。
「だけどさ、ケルヴィンの地位で参事会に参加できるものなの?」
「奴も内政官に昇格したからな。ライノニアもカイロニアも公爵の代理として内政官が参加しているから、無理な話ではないだろう」
内政官というのは、行政府のトップである尚書令に次ぐ高官で5人しかいない役職なんだそうだ。
ケルヴィンが昇格する前は2名が欠員となっていたらしく、帝都を統括する内政官に宰相補の権限で任命されたのだと聞いている。
さすがはケルヴィン、着々と悪巧みを進行させているようだ。
「事前の打ち合わせで、ケルヴィンは『殿下は黙ってニコニコと座っているだけで十分です』なんて言ってたけど、ホントにそれでいいのか?」
「さっき話した通り、お前は生粋のお嬢様って触れ込みだからな。しゃべるとボロが出るので、黙っていてくれた方が有難いんだろ」
う~、反論したいけど正論過ぎて言葉が出ない。
でも、アーキスのおっちゃんには別人なんて通用しないと思う。
「それにな、リデル。ケルヴィンは、今回の参事会でお前の威光を借りて、どうしても進めておきたい案件があるのさ……」
「え、それって……」
「お二人ともお話に夢中で食事が進んでおりません。準備もありますので、お早めに済まされると有難いのですが……」
シンシアが申し訳なさそうにオレ達の話に割って入る。
「あ、すまん」
「ごめん、シンシア」
オレとクレイはシンシアに平謝りして、慌てて昼食に取り掛かった。




