とある皇女の一日 ④
「帝国参事会なら、わたくしもケルヴィン内政官に付いてお手伝いをすることになっていますわ」
ノルティにくっつかれたまま、声のする方へ向く。
発言したの見るからに派手そうな女の子、アレイラ・テラトリウムだ。
帝国屈指の名家であるテラトリウム侯爵家の末娘で、正真正銘の箱入り娘と言える。
元々はライノニアのアルフレート公子の第一妃候補だったのだけど、オレが現れたためにご破算になり、現在はオレと結婚しなかった方の公子と婚姻するべく帝都に詰めている。
それというのも先々代の皇帝が、二人の公子のうち、皇女と婚姻した方に皇位継承権を与えるなんて勅命を残したもんだから、オレを巡って両公子が争う事態になっているのだ。
もちろん、オレとしては両方とも願い下げだ。
なにしろ、レオンはナルシストの変態で、アルフは自己中の俺様馬鹿だからな。
あいつらを選ぶくらいなら、クレイの方が…………いやいやいや、それはないって。
「何を一人で焦りまくっているのです? 相変わらず忙しい人ですわね。それより聞こえませんでしたの。わたくし、ケルヴィンに認められて今日の参事会の準備を手伝っているのですよ」
そうそう、この侯爵令嬢はオレの選ばなかった相手(残りもの)と結婚するのは屈辱だと言って、帝国初の女性宰相を目指してケルヴィン内政官(行政局長より昇格)の下で修行中なんだそうだ。
アレイラの性格を考えると、ケルヴィンの面倒見の良さというかしたたかさに頭が下がる。
自分の権力基盤にプラスになるなら、厄介ごとも厭わない性格なんだろう。
あ、そうか。
だから、オレのこと内心、面白く思ってないのに後ろ楯になってくれているのかと納得した。
得意げなアレイラをスルーして、オレはもう一人の12班のメンバーであるユクに視線を移す。
ユク・エヴィーネ。帝都に向う旅程で一緒になった、複雑な生い立ちを背負って生きてきた華奢で大人しい女の子だ。
紆余曲折の末、宰相補であるトルペンの娘と判明したが、母親と自分を捨てたことに対するわだかまりもあって、現在は距離を置いて暮らしている。
もっとも二人とも同じこの宮殿に住んでいるので、会おうと思えばいつでも会えるのだけど、積極的に会話を交わしているようには見えない。
まあ、こればっかりは親子の問題なので、オレとしても口を出す訳にはいかなかったし、互いに少なからず想っているようだから、時間が解決するかもしれない。
それよりも、ユクについて特筆すべきことは、彼女がオレが女になって初めてできた女友達ということだろう。
男として育てられたオレとしては同い年のユクの言動や行動は本当に参考になった。
とても真似できなくて落ち込んだりもしたけど、ユクは『今のままのリデルが一番好き』と言ってくれたので、思い悩むのは止めた。
ユクに好かれているだけで充分だもの。
とにかく最近は、ユクのことが大好き過ぎて、クレイから呆れられている始末だ。
シンシアはオレが男視点でユクを見ているのではないかと疑っているけど、そんな不純な気持ちなんて微塵も無い。
目が離せないというか、可愛がりたいというか……愛でたい気持ちで一杯なんだ。
う~ん、ノルティの行動を悪く言えない、気をつけなきゃ。
「リデル、この後大神殿に行くんですよね」
「うん、そうだけど?」
「あたしもパティオ様に呼ばれているので、一緒に行っていいですか?」
「もちろん、大歓迎さ」
「ありがとうです」
にこにこと微笑むユクを思わず抱きしめたくなる。
む、殺気。
「うえ~ん、リデルの浮気者~!」
背中に張り付いていたノルティが胸を揉もうとしてくるのを、すっと避ける。
危ないところだった。
「ボクも連れてってください!」
「え、だって、人がたくさんいる場所に行きたくないって言ってたじゃん」
「それは、そうですけど……」
涙目のノルティには、どうも弱くて最終的に承知してしまう。
まあ、すごく喜んでいるので「ま、いいか」と納得する。
「相変わらず、ノルティに甘々だな。あんまり甘やかさない方がいいぞ」
オーリエが苦笑いして苦言を呈するが、責任の一端はオーリエにもあるんだからな。
何しろ、最初に甘やかしたのはオーリエだし。
「それより、これから神殿で祭事があるなら、今日は忙しいんだな」
ぶつぶつぼやいているオレにオーリエは気にかけず質問してくる。
「ああ、そうなんだ。せっかく集まってくれたのに、もう出掛けなくちゃいけないんだ。ごめんな」
「いや、突然押しかけた私たちが悪いんだ。気にしなくていい。本来なら皇女様に会うためには、たくさんの手続きと時間かかるところをこうして会ってもらえたんだ。礼を言わなきゃならないのは、こちらの方さ」
「そんなことないよ、みんなならいつ会いに来てくれてもいいから」
本当にそう思う。
皇女になって急にいろいろな人が回りに増えたけど、どこか余所余所しくて、距離があるように思えてならなかった。
ここに慣れていないせいなのか、立場のせいなのかよくわからない。
正直、居心地の悪さを感じているのは事実だ。
だから、今日みんなと話せて、ほっとした気分になった。
これからも、この関係を大切にしていきたいと強く願っている。
そのために出来ることを惜しまないつもりだ。
神殿へ出発するまでの時間、オレは久し振りにのんびりとした気持ちで過ごせて本当に嬉しかった。