とある皇女の一日 ③
「みんな、待たせてごめん」
開口一番、オレが謝ると集まっていた元12班の面々は笑顔で応えてくれる。
12班というのは、行方不明の皇女を見つけるために集められた皇女候補49人に、皇女としての素養を身につけさせるべく行われた研修に際し、便宜上分けられた班のことだ。
1班から11班までは各4人編制で、急遽参加したオレのために12班だけが5人編制となっていた。
その皇女候補達もオレが皇女に決定したため、出身地に戻ったり帝都で職を見つけたり、それぞれの道を歩んでいるようだ。
「久し振りだな、リデル。元気そうで安心したよ」
長身で颯爽とした雰囲気の男前(?)な少女はオーリエ・グレッグ。
大傭兵団『グレゴリ傭兵団』の団長の娘で、文より武を好み、剣の腕前はなかなかのものだ。
前は男の子のように短かった髪を女の子らしいショートカットにしている。
オレと同じで着飾るのが好きでないタイプだったけれど、今日の格好はシックな装いながら女性らしさが出ていて、今の彼女に似合っていた。
やはり、恋の成せる力はすごいと改めて思う。
彼女は現在、帝都守備隊長改め第一近衛隊長の『デイブレイク』を一途に慕っているのだ。
二人とも堅物なので、進展はあまり望めないけど。
「久し振り、オーリエ。帝都に戻れたってことは、団長やお母さんは納得してくれたんだ?」
少し前に、オーリエは近衛隊に入る許可をもらいに団長の元へ戻っていたのだ。
「親父はどうでもいいんだが、お袋が強硬に反対して大変だったんだよ」
「へぇ、そうなの?」
ルマで見た、オーリエとは真逆の色っぽ過ぎる団長の奥さんを思い返す。
「意外だな。あのお袋さんなら、出世したって喜ぶかと思った」
「いや逆なんだ。お袋は親父と結婚する前、傭兵団の財務や対外的な交渉の仕事に就いていてね。雇い主の正規軍や貴族達にさんざん無理難題を言われてきて、帝国のお偉いさんが大嫌いなんだ」
あれあれ、そりゃまた面倒な。
「それにお袋は見所のある男を見つけて私の婿にして、グレゴリ傭兵団を任せようと考えていたみたいなんだ。だから、正規軍に入るどころか帝都に行くことさえ大反対さ」
「よく戻れたな……も、もしかして無断で飛び出してきたの?」
「いや、何とか許可をもらえたんだ。それがね、お袋側に回ると思ったジェームスが私の味方をしてくれて、一緒に説得してくれたんだ。本当に助かったよ」
オーリエの従者で、元は団長の懐刀だった策士のジェームスの顔が浮かぶ。
腹黒なあの人が情で動くとは、とても思えない。
「ジェームスは何て説得したんだ?」
「それが私にはどうしても腑に落ちないのだが、『お嬢を帝都に行かせれば、必ず姐さんのご期待を裏切らない結果になります』って言うんだ。意味がわからないだろう?」
…………なるほど、さすがはジェームスだ。
オーリエの一途な恋が成就すれば、グレゴリ傭兵団は座して優秀な団長候補が手に入るという寸法か。
これなら、オレが心配するまでも無く、周りが二人の関係を固めてくれそうな気がする。
「とにかくだ、リデル。これからもよろしくお願いする」
「こちらこそ、よろしく」
近衛隊の人事は隊長のデイブレイクが決めるから、オレ付の護衛に任命されるのは確実と言ってよかった。
「ボクのりでるぅ~!」
オーリエの次に他の面々と話そうとすると、いきなり後ろから抱きつかれる。
「え……? ああ、ノルティか」
すでに慣れてしまったオレは、もはや驚かない。
抱きついてきたこの娘の名前はノルティ・ヴィオラ。小柄で可愛らしい眼鏡っ娘だ。
お父さんが帝国図書館を管理していて、その関係で幼い頃から読書三昧の日々を送ってきたため、知識量は半端ない。
下手したら大学の教授陣の上をいくかも知れない。
生まれてからずっと、住居である図書館に引きこもり状態であったせいで極度の人見知りで、最初にあった頃はいつもオーリエの陰に隠れていたっけ。
それが今では、こんな立派な変態に育って、お兄さん……じゃなくって、お姉さんは悲しいぞ。
「どうした、ノルティ?」
「最近、ずっと会えなくて……リデル成分が不足しているのです……」
オレの背中に顔を埋めながらハスハスするノルティに呆れながら近況を聞く。
「トルペンは相変わらずなのか?」
「はい、師匠は通常営業です……」
ということは、また転移魔法でどこかへ飛び歩いているのか。
ノルティは現在、宰相補で自称大魔法使いのトルペンの弟子となっていて、研究室に閉じこもっていることが多い。
どんどん危ない方向に進んでいるような気がするのはオレだけだろうか?
「あ、でも今日の午後には……戻るって言ってました」
「ああ、帝国参事会があるからな」
帝国参事会というのは、皇帝のいない帝国において現在、事実上の最高意思決定機関と言える。
しかし、帝国が双子のライル・カイル両公爵によって二分されている今の状況では、さほどの権限はない。
帝国の中枢たる宰相補に参加義務があるのは当然なのだけれど……本人にいたって勤労意欲がないため、参加することのみで、かろうじて職責を果たしていた。
でも、現在ある事情で公の場に姿を現せないのに参事会はどうするつもりなんだろう?