理想の相手を探すなら、ぜひ登録を!④
「おお、何だ爺ではないか? 何を慌てている」
「何だではございません。どこに行っておられたのですか? まったく、あちこち捜しましたぞ」
爺やさんは、口調は怒っているが明らかに安堵していた。
「そんなことはどうでもよい。ちょうど良いところにきてくれた。こちらにいるのは、リデルと言ってな、僕の婚約……」
「わあぁぁぁ――――――――――!」
とりあえず、大声で叫んで誤魔化す。
「何とおっしゃいました?」
爺やさんは怪訝な顔付きになる。
「オレ……いや、私はリデルと申します。公子様とは先ほど、知り合いになったばかりで……あの、よろしくお願いします」
言いながら、指を口に当てて、しーっという仕草をレオンにした。レオンはきょとんとしていたが、やがてにっこり笑うと呟いた。
「なるほど、世を忍ぶ恋か……それも一興だな」
どうやら、表沙汰にはならなくて済んだようだ。オレはげっそりしながらも、胸を撫で下ろした。
こういう時に、ヒューのような知り合いがいると本当に助かる。爺やさん(正確にはデュラント家の家宰だそうだ)との交渉も卒なくこなし、その場を丸く収めた。レオンも『秘密の恋』という設定が気に入ったらしく、おかしな言動もせず大人しくしてくれたのも幸いだった。
ただ、不機嫌そうに終始無言のクレイの態度が、レオンの護衛陣を刺激したらしく、一瞬張りつめた空気が流れたが、それも何事もなく終わった。
「それでは愛しのリデル、また会いに来るから……」
名残惜しそうにレオンが去ると、どっと疲れが出た。
「さて、登録も済ませましたし、『仮の宿』を探しましょう」
ヒューがにっこりしながら前向きな提案をした。
大会参加者は予選トーナメントを勝ち抜くと本選に出場できる。本選からは闘技場に併設された専用の宿舎に泊まることになり、関係者以外の部外者との接触を一切絶たれる。
その理由は、武闘大会に必ず付き物の賭け事が関係していた。公営、私営にかかわらず大金が動く武闘大会では、出場者との接触を厳禁とするのが大会の規則になっている。
したがって、本選出場者の滞在費等は運営側が全て持つのが普通だ。逆に、そこまでたどり着くまでの経費はすべて参加者の負担となる。ヒューが『仮の宿』と言ったのは、すぐに本選に出るから短期間しか逗留しないという意味だ。
「それなら、もう用意しておいた」
クレイが先に立って歩きながら言う。
「ここからすぐ近くだ。高級な宿屋じゃないが、美味い物を食わせてくれる」
そうか、さっきいなかったのは宿の手配をしてたのか。ふらふらしてるなんて、言って悪かったかな?
オレが反省していると、クレイは振り返ってにやりとする。
「それと、あとでリデルに渡したい物がある」
「えっ、何だよ。女物の服なら、もういらないぞ」
「きっと気に入るさ」
意味深な笑みを浮かべながら、クレイは教えてくれなかった。
『赤月亭』は本当に闘技場のすぐ隣にあった。クレイの言うとおり、決して高級そうではないが清潔感のある宿屋で、何より闘技場に近いのが便利だ。宿の主人も人の良さそうなおじさんで、オレ達を大いに歓迎してくれた。
大会が近いこの時期に、予約もなしにこんな良い宿がとれるとは、到底不可能に思えたし、ヒューも同じ思いらしく、しきりに首を捻っていた。
しかも、部屋は三人分とってあった。
実はオレがこの身体になってから、クレイはいつも律儀に別の部屋をとってくれている。一緒でもいいとオレがいくら言っても、けじめだからと聞き入れようとはしない。
口では変態めいたことを言うけど、根は真面目で本当は常識人だって、オレは知っていた。女性にもモテモテだけど、ホントは苦手なことも……。
「なかなか良い宿ですね」
ヒューが感心したように言うと、クレイは少し照れたように返す。
「そうか? 気に入ってくれたなら良かった」
「それにしても、よく三部屋もとれましたね」
「まあな……ちょっとした伝手があってね」
それ以上、詳しくは語るつもりはないようだ。
「それよりリデル、少しここで待っててくれ」
クレイはオレ達を一階の食堂に残し、二階の客室に上がっていった。
渡したい物って何だろう?
ちょっとワクワクするけど、クレイに期待するのはよそう。
どうせ、また下らない物を見せられるのがオチだ。
そんな風に考えていると、ヒューが思い出したように口を開く。
「それはそうと、リデル。受付官殿から伝言がありました」
「えっ、登録に何か問題があった?」
「そうではありません。初参加者は出場試験を受けなければならないそうです。急で申し訳ないのですが、明日の午後に闘技場に来て欲しいそうです」
試験か……そりゃまぁ、あるだろうな。
参加者が殺到したら収拾がつかなくなるし、冷やかし目的の奴もいるだろうからな。いわゆる記念参加っていうのも、よく聞く話だ。
「ヒューは?」
「過去に実績がある場合や推薦状を持っていた場合は免除だそうです」
ヒューほどの有名人なら当然か。でも、今回は参加者が少なくて予選会さえなくなりそうだから、試験もないのかと思ってた。
ヒューは申し訳無さそうに続けて言った。
「もし、不都合なら日を改めるので、申し出て欲しいとも言ってましたよ」
「問題はないよ…………いや、あったか」
今のオレには……。
「リデル! 待たせて悪かったな」
クレイがいつの間にか、階下に下りて来ていた。