プロローグ
気がつけば、宵闇が背後から忍び寄り、狭い路地裏の其処彼処に灯りが点いていく。
表通りから離れているというのに、人通りはそれなりに多い。濃い化粧をした女たちが往来する者の袖を引き、店に呼び込もうとすれば、ほろ酔い加減の男たちは下卑た笑みを浮かべ、それに応える。
何処からか漂う強い香辛料の匂いがつんと鼻の奥を刺激し、眼に涙が沁みる。
そんな退廃的な喧騒の中、男が一人、道を急いでいた。
決して大柄ではないが、均整の取れた身体と無駄のない身のこなしは、男がただの酔客でないことを明白にしていた。
整った顔付きに意志の強そうな瞳が印象的な歳若い男は、内心ひどく焦っていた。
依頼者との交渉に手間取り、思った以上に時間を取られ約束の刻限に間に合いそうに無かったからだ。
待ち合わせ場所にいる相棒のこと考えると、言いようの無い不安に駆られる。
目を離すと、必ずと言っていいほど厄介ごとに巻き込まれる性質だったからだ。
まあ、あいつだって、最近はこちらの様子に慣れてきていたし、ユーリスの奴も付いている。めったなことは起こらないだろう。
そう、自分に言い聞かせて男は先を急いだ。
やがて、目的の宿屋兼酒場に着いた男が、入り口の扉に手をかけようとして、はっとして後ろに下がる。
その刹那、扉をぶち破って傭兵風の男が転げ出てくる。
とっさに避けた若い男が訝しげに開け放たれた店の中を覗くと、よく見知った少女のように見える娘が拳を伸ばした動作のまま立っていた。
「可能なら、どうしてこうなったか説明を願いたいのだが……」
「いや、その男が我と遊びたいと言ってきたので遊んでやったまでのこと、たいした問題ではない」
平然と答える娘に、脱力感を覚えながら、若い男は別の質問をした。
「ユーリスの奴はどこだ?」
「知らぬ。大方、女の尻でも追いかけているのだろう」
「そうか」
「そうだとも」
断言した後、娘は気がついたように尋ねる。
「仕事は?」
「ああ、一応決まった」
今回もなかなか面倒な内容だ。
ただ、それ以上にこの娘がまた、厄介ごとを起こすのではないかと不安に感じる。
「そうか、それは楽しみだな」
不意打ちのように邪気のない笑顔を見せる娘に、男は言葉を忘れて見惚れた。
やはり、こいつには敵わないな。
惚れた自分の弱みだ。
男は苦笑いしながら、店の主人に扉の弁償代を渡す。
「さて、ユーリスの奴を探しに行かないとな……けど、その前にまず腹ごしらえだな」
「うむ、お腹すいた」
すぐさま同意する美貌の相棒に男は破顔した。




