皇女様とオレ 後編
オーリエの言葉にその場が一瞬、静まり返ったけど、次の瞬間、皆が一斉に口を開く。
「な、何だって、ノルティいつの間に」
図書館にいたぼんやりしたお兄さんだろうか?
「ノルティのくせに生意気ですわ」
アレイラ、どんだけ上から目線なんだ?
「ノルティさん、本当ですか?」
ずっと静かだったユクまで興味を示すなんて。
「な、何を言ってるですか……そんなことあり得ません。ボクはリデル一筋なんですから」
そりゃどうも。
当の本人としては、どう反応していいか返答に窮するけど。
「おかしいな、侍女の子達がそう噂していたんだけど」
オーリエは何故だか、宮殿の侍女の女子達に絶大な人気を誇っている。
まあ、気持ちはわかるけど。
「ノルティが最近、美少年といつも一緒にいるって聞いたんだが」
「ああ、それはトル……もがもが」
オレは慌ててノルティの口を押さえる。
「とる……?」
「と、取るに足らない噂話だって」
「そうなんだ」
オーリエはちょっと残念そうだ。
と、とにかく何とか誤魔化せた。
トルペンが小さくなったことは、ケルヴィンから他言無用と念を押されていた。
オレとしてはオーリエとアレイラに話しても大丈夫だと思うんだけど、ケルヴィンが強硬に反対したのだ。
恐らく二人の立場、つまり傭兵団や侯爵家に対する警戒だと思われた。
ところで、噂の原因になったのには、トルペンが仮面を外し素顔で生活していたせいもある。
宮殿の結界が壊れ、仮面が無くても大丈夫なのと、あの画面をつけていたらトルペンとバレバレになってしまうからだ。
表向きはトルペンの新しい弟子という立場で出入りしている。
「私はノルティが美少女だけに飽き足らず美少年にも守備範囲を広げたのかと心配したぞ」
オーリエが残念そうにしてたのは、そっちかい。
力が抜けるのを感じながら、口を押さえたままだったノルティを見ると恍惚としている。
「ど、どうした。ノルティ?」
慌てて押さえた手を口から離す。
「リデルに口を押さえられて拘束される…………ぐふふ」
こ、壊れてる。
「ノルティ、帰って来い――!」
「はっ」
肩を前後に揺すと、ようやく正気に戻る。
「ボ、ボクはいったい?」
「戻ってきた……まず口の端のよだれを拭け」
思うに宮殿に来る前のノルティは図書館で大人が読むような怪しい本をたくさん読んでいたらしい。
文学はもとより、神話や英雄伝承なども男視点で書かれたものが多い。
つまり、アダルトな話に事欠かないのだ。
そうした知識が今のノルティを形成しているのかもしれない。
ノルティ、お兄さん……じゃなくお姉さんは君の将来が心配だよ。
オレが疲れきっているとユクが心配そうにオレを見つめていた。
ユクの視線に気付き頷いて見せると、ユクも頷き返してくる。
ユクの近況は聞く必要がなかった。
それはオレが一番熟知していたからだ。
宰相補の娘ということでユクには当然、宮殿内に住む場所が確保されていた。
けど、ユクはトルペンの近くに住むことに、まだ抵抗を感じているようだったので、何気なく「オレのところ、部屋いっぱい余ってるから来る?」と声をかけたら、二つ返事でやってきたのだ。
さすがに、一緒の部屋に住むほどオレはまだ女の子になりきれていなかったし、シンシアからも立場をお考え下さいと釘を刺されたので、別室を用意した。
でも、部屋も同じ区画だし、シンシアを除けば一番近しい存在と言えた。
まあ、まさに寝食を共にしているって感じかな。
「ユクは今、どうしてるんだ?」
オーリエが当然の流れでユクに聞く。
「あたしは……」
「今、オレと暮らしてるんだよ」
「えっ」
「な、なんですとぉ!」
オーリエとノルティが声を上げる。
ん? 間違ってはいないと思うけど。
「リデル、そっちの趣味もあったのか」
「ボ、ボクという者がありながら、別の女と同棲するなんて……」
オーリエは目を丸くし、ノルティが目を三角にする。
「いやいや、オレに疚しいところはないし……ユクもそこで顔を赤くしない。余計に誤解を生むから……」
そこからはみんな、思い思いのことを話し始め、収拾がつかない有り様になったが、笑ったり共感したり久し振りに楽しい時間を過ごすことが出来た。
あっという間に時が過ぎ、ソフィアが次の予定を告げに来て、お茶会はようやくお開きとなった。
名残惜しいが、また会う約束をしてオレ達は別れた。
手を振ったり頭を下げたり、それぞれの仕草で立ち去る彼女達を見ながら、ふとオレはある思いを強くした。
偶然、同じ班になった5人だけど、何か運命の悪戯のようなものを感じずにはいられない。
きっと、これからのオレの人生にとって大切な人達になっていくのだろうという確信があった。
帝国がどうなっていくかは見当もつかないし、正直オレに何が出来るかという不安もある。
けど、みんながいてくれると思うだけで少し心が軽くなった。
「リデル?」
部屋に入ってきたクレイが物思いに耽るオレを訝しげな表情で見つめていた。
約束どおり、二人だけの時は『様』を抜いてくれるし、口調も戻してくれた。
ちょっと嬉しい。
「久し振りに皆に会って疲れたのか?」
「ううん、そんなことないよ。とても楽しかった」
「ならいいんだが……」
相変わらず心配性なヤツだ。
照れくさくなって顔を横に背けたけど、気になって横目でクレイを盗み見る。
レオンのように整った顔立ちではないけれど、親しみやすいクレイは、けっこう女性にモテる。
いや、かなりの人気者と言っていい。
けど、どんな美人に言い寄られていても、必ずオレのことを優先してくれた。
現に今もオレの様子を気遣って心配そうにしている。
オレが男だった頃から、こいつはこうやってオレのこと、ずっと見守ってくれてたんだ。
そう思うと、不意に胸がいっぱいになった。
そして、今まで感じたことのない気持ちがこみ上げてくる。
「クレイ……」
オレさ、やっぱりお前のこと……。
「リデル、どうかしたか?」
オレの普段と違う様子にクレイが反応する。
「……いや、何でもない」
視線を逸らし、口に出そうになった言葉をオレは慌てて呑み込んだ。
――――なんて、今さらオレが言えるかよ。
急に顔を赤くして黙り込むオレを相棒は不思議そうに見つめた。