皇女様とオレ 前編
それからの行程は意外に順調で、両公国の兵に捕捉されることなく無事、帝都にたどり着くことが出来た。
そして、すぐさま宰相補の声明として、皇女帰還の報を国内外に発した。
特に両公国に対しては、公子を交えて報告の場を設けたが、当初の予定であったトルペンからの発表は、急遽ケルヴィンが代行した。
さすがにあの姿で公の場に立つのは無理だったみたい、可愛いんだけどね。
レオンとアレフはオレが皇女であることに最初こそ驚きを見せたが、すぐに猛烈なアプローチをかけてきた。
元々、オレに対して思うところがあった上に、今や本国の応援さえあるので、嬉々として迫ってきやがる。
二人ともタイプは違うけど、共通しているのはオレの言い分に全く耳を貸さないところだ。
一緒にいるだけで、気力をごっそり持っていかれる。
あまりの空気の読まなさにに嫌気が差して体調不良を訴え、居留守を使うと今度は見舞いの品や薬効のある物を送りつけてくる始末だ。
こりゃ、早いこと即位して、連中の夢を壊さなきゃこの悪夢からは逃れられないに違いない。
けど、ケルヴィンとクレイからは、即位の時期として尚早なので、もう少し待つように言われていた。
しばらくの我慢だ…………けど、耐えられる自信があまりない。
「リデル様、やはりこちらにおいででしたか」
相変わらず、きりっとした雰囲気のシンシアがオレを責めるような目付きで見つめてくる。
室内庭園のベンチに寝そべっていたオレはシンシアの氷の視線に首をすくめた。
「公子様ご一行は、とっくにお帰りになりました……いつまでも逃げてばかりでは解決になりませんよ」
シンシアの言葉は容赦が無い。
そんなこと言ったって、あいつら目が怖いんだもん。
あれは絶対、乙女を付け狙う変態の目だ。
間違いないって。
「わかりました。明日も来たら、私が適当に言い訳しておきますから……」
オレがビクビクしているのを見て、シンシアはため息をつきながら、そう言ってくれた。
ううっ、優しい。
「シンシア……ありがとう」
「どうしました? 急に改まって」
「いや、ちょっと嬉しくて……シンシア、オレが皇女になっても少しも態度が変らないからさ」
「当たり前です。私は元から仕事として貴女にお仕えしているに過ぎませんから」
突き放したような言い方の裏に隠れている気持ちにオレはもう気付いている。
「今まで自分が男の子だと思ってたから、言っちゃまずいと思ってたけど、女同士だからいいよね」
「はい?」
「前にも言った気がするけど……オレ、シンシアが大好きだよ。ホント、もう可愛すぎるって。これからも、ずっと一緒にいようね」
「なななななな……な、何をいきなり言うんですか! か、からかうのもいい加減にしてください」
「え、オレは本気だよ」
「お……お、お友達がお見えになっています。それだけを伝えに来たんで、これで失礼します!」
耳まで赤くしたシンシアは、用向きだけ言うと走って逃げた。
何、あの可愛い生き物は……。
オレがほわほわしていると、視線を感じる。
「リデル……浮気してる。ボクという者がありながら」
「ノルティ、誤解を招く発言はしないように」
ジト目で見つめるノルティに顔を向けた。
「誤解じゃないのにぃ……」
「で、どうしたノルティ、何か用か?」
「今、シンシアさんが言った通り、12班のみんなが待ってるんだ。ボクも呼びに来た」
「ああ、そうか」
多くの姫様候補生達が宮殿からの退出を余儀なくされていた。
皇女がオレと決まった今、いつまでも彼女達を留めておく必要なかったからだ。
12班のみんなも、別れの挨拶に来たんだとオレは思っていた。
そんな寂しい気持ちを抱きながら皇女用の客間に入ると、みんな笑顔で出迎えてくれた。
あの最終試練の後、皇女帰還の発表のごたごたで短い言葉を交わすことはあっても、前のように話し合える時間が持てず、こうしてゆっくりみんなに会うのは久し振りだ。
オレに対する気持ちが以前と変らないのを感じ、嬉しくなって挨拶もそこそこにオレは一つの提案することにした。
「最初にみんなにお願いがあるんだ。公の場はともかく、プライベートの時は今まで通りに接して欲しいんだ」
オレの提案に皆、目を丸くしたけど、反対の声は上がらない。
「それと名前も『リデル』って呼んで欲しい」
思い切って言ってみると、皆は一瞬押し黙ったけど、オーリエが真っ先に反応した。
「そうだな、リデル。私もその方がしっくり来る。今まで通り、よろしく頼む」
相変わらず男前だな、オーリエ。
けど、最近になって髪を伸ばし始めたことに気付いたのは黙っておいてあげよう。
「わたくしも貴女のこと、リデルと呼び捨てにするがは当たり前でしたから、今さら直すのも面倒に思っていたし、有難いですわ」
こいつには、もう少しオレを敬って欲しい気もしたけど、まぁいいか。
この方がアレイラらしいし。
「他人がいる前では高貴で清楚な皇女としがない研究者。でも二人だけの時は許されざる秘密の関係。ぐふふ、萌える設定です」
いやいやノルティ、お前とだけ秘密を共有した覚えはないし、そもそもそういう関係じゃないから。
この妄想癖がなければ、いい子なんだけどなぁ。
「あたしにとって、リデルはずっとリデルだから」
ユク……。
言葉が心に沁みた。
「うん、そうだよ」
ちょっと、うるっときてオレは慌てて次の質問をした。
「みんな、これからどうするんだ?」
オレの質問にみんなが互いの顔を見合わせた。
「私は近衛隊に入るつもりなんだ。傭兵団もいいんだが、正規軍に入っておくのも経験になるからな」
またオーリエが口火を切る。
近衛隊っていうのは、デイブレイク指揮していた元帝都守備隊のことで、今回の組織再編で格上げになったのだ。
「ほお~近衛隊ねぇ。何か個人的な理由も感じるけど」
「べ、別に疚しいことなどないぞ。その……なんだ、近衛隊に入ればリデルの護衛につけるかなと思って……ま、君に護衛が必要とも思えないが」
オーリエがオレの護衛。
うん、それいいな。
「ありがとう。オーリエなら大歓迎さ。デイブレイクにはオレから言っておくよ。けど、髭団長がうんと言うかな?」
「親父は問題ない、私に大甘だからな。問題は母親の方さ」
髭団長の奥さんを思い出し、顔が引きつる。
確かに、怖そうだ。
「とにかく、ジェームスと一緒にルマへ一度戻ろうとは思ってる。その件も含めて、いろいろ報告しなきゃならないからな」
「わかった。良い返事が聞けるのを期待してるよ」
あれ、誰か忘れているような……気のせいだな、きっと。