彼の想いとオレ 後編
「リデル……あたし?」
「ユク、良かった。もう大丈夫だから、安心して」
オレは感極まってユクを抱きしめた。
「あたし、リデルを助けようとして、刺されて……その後のこと覚えてない」
「短剣に毒が塗ってあったんだよ。そのせいで、まさに死ぬ寸前だったのをトルペンが助けたくれたんだ」
「……あの人が?」
「そうだよ、あれを見て」
オレの指し示す先にあるのは断末魔の苦しみの最中のトルペンの姿だ。
その光景にユクが衝撃を受けているのがわかる。
「いったい、どういうことなんですか?」
オレはユクが倒れてからの話を、手短に話して聞かせた。
「トルペンはユクのために自分を犠牲にする覚悟を決めたのさ。それほど、君のことを大切に思っているんだよ」
「……馬鹿みたい」
「なっ……!」
ユクの呟いた言葉に耳を疑う。
「ユク、そんな……」
「ううん、馬鹿よ。本当に、あたしの気持ち全くわかってない……やっと会えたのに……まだ、ちゃんと話せてないのに。残されるあたしの気持ち、考えもしてない」
「ユク……」
「あたし、まだあの人を赦してあげてない。だから、死ぬのも赦してなんか、あげない……リデル、お願い……」
目に涙をためて、ユクはすがるようにオレを見る。
「……あの人を…………お父さんを助けて」
クレイが首を左右に振りながら諭すように言った。
「ユク、いくらリデル様でも出来ないことはあるんだ。諦めて……」
「わかった、オレに任せろ!」
オレの発した言葉にクレイとヒューが驚く。
「おま……リデル様、正気ですか?」
「ああ、ちょっとオレに考えがある」
一か八かだけど。
オレはユクの頭を撫でて、安心させるように笑った。
「ここで待ってて。何とかしてみる」
剣を握って立ち上がり、苦しむトルペンに視線を移す。
最初の暴風雨のような暴れ方が徐々に弱ってきていた。
もう、あまり長くは持たない。
「よし!」
オレは決心すると、トルペンに向って再び駆け出す。
「リデル……何をするつもりだ!」
クレイが言葉遣いを直すのも忘れて叫ぶ。
「リデル!」
ユクがオレの名を呼ぶ声を後に聞きながら、トルペンの暴れている真っ只中に突っ込んだ。
今まで例の光が発現したのは二度。
一度目はルマでイクスと戦ってクレイとソフィアの命が危なかった時で、二度目はついこの間、トルペンとガチで戦った時だ。
危機的状況になれば例の力が発現する、オレはそう思ってた。
だから、ユクが危機に瀕した時、あの力が使えるものと思い込んでいた。
けど、そうじゃなかったんだ。
光は発現せず、ユクを救えなかった。
じゃあ、何が違ったのか。
考えてみれば、ルマの時もオレはイクスによって自由を奪われ、言わば生殺与奪をイクスに握られた状態だった。
クレイやソフィアの危機以前に、オレ自身が生命の危機を脅かされていたと言っていい。
二度目もトルペンの攻撃をあの力で避けなければ、オレの生命は確実にヤバかった。
そこから、導き出される結論はただ一つ。
オレが危険に陥らなければ、あの光は発現しないということだ。
暴れ狂うトルペンを間近にして、ふと考える。
(もっとも、この推論が間違っていたら、オレの生命はないけどね)
自嘲気味にそう笑った瞬間、竜の胴体がオレを押しつぶそうと圧しかかってくるのがスローモーションのように見えた。
今度こそ……光が弾けた。
(ホントに無茶するんだから……)
また、あの優しい声がそう呟くのを聞こえたような気がしながら、オレは意識を手放した。
次に目を覚ますと全てが終わっていた。
ほんの4、5分だけ意識を失っていたらしい。
オレを心配そうに見つめるユクの顔が最初に見えた。
「ユク……?」
「リデルっ!」
いきなりユクに抱きつかれて、反射的に受け止める。
すると、ひしと抱きついたユクが更にぎゅっと力を込めてくる。
「く、苦しいよ、ユク」
「ごめんなさい。あたしが無理を言ったせいで……怪我してない?」
「ああ、ちょっとくらくらするけど、大丈夫さ。それより、トルペンはどうなった?」
ユクが腕を緩めてくれたので、呼吸を楽にして気懸かりだったことを尋ねる。
「あの人は……」
「無理するなよ、リデル」
オレが起き上がろうとするのを、ユクの後ろにいたクレイが制する。
慌てているのか、口調が戻っているのに気づいていない。
下らないことだけど、少し嬉しかった。
「宰相補殿は、この通りご無事ですよ」
オレの問いかけに、ヒューがトルペンを連れてきてくれる。
「そりゃ良かった……えっ? これがトルペン……」
トルペンは人間形態で、確かに元気そうに見えた……けど。
「ち、縮んでない? って言うより子どもだろ!」
そう、あのトルペンがお子様サイズになっていた。
「リデルのおかげで一命は取りとめたのですが、本体へのダメージがあまりに深刻だったため、アストラルの領界に移して現在修復中なのデス。この身体は擬似体ですが、アンテイル不足のため、節約モードとなってマス」
「言ってる意味はよくわからないけど、無事なんだな?」
「はい、おかげさまデ。ありがとございマス」
ホッとしたせいか、疲れを感じてオレはまた横になった。
トルペンを救うのに、さすがのオレの力でも無茶し過ぎたみたいだ。
それにしても、並んだユクとトルペンは、現状では親子と言うより、姉弟に見えておかしかった。
まだまだ課題はあるけど、何とか仲良くなって欲しい。
「リデル……様、馬車へお運びします」
有無を言わさずにクレイがオレを抱き上げたので、意地悪したくなって、奴の耳元で囁く。
「いい加減に諦めたら、どうだ。オレの口調も変ってないんだし、少なくともオレの前では普通に話すことにしたら?」
「しかし、それではけじめが……」
「ホント、頑固な奴だな。じゃ、命令だ。オレと普通に話すこと」
「なっ……そんな一方的に」
「皇女ってのはわがままと相場が決まってるんだろ」
オレをお姫様だっこしながら、クレイは大きく嘆息した。