失われた城とオレ 後編
底冷えする地面に肌寒さを覚え、オレはまどろみから目を覚ました。
ルマより温暖な帝都周辺ではあるが、真冬の野営は身体に堪える。
顔を上げて辺りを見回すと火の番をするクレイの姿が目に入った。
地平線が白み始め、夜明けが近いことがわかる。
どうやら、熟睡しているオレを起こさず寝かしたままでいてくれたらしい。
相変わらず、オレに甘いクレイだ。
静かに身を起こすと、クレイに近づき、小声で話しかける。
「ごめん、クレイ。寝過ごしちゃって……」
「いや」
「起こしてくれれば良かったのに」
「別にそのまま寝てもいいぞ」
「ううん、替わるよ。クレイも少し休んだら?」
「俺はもう十分だ」
「そう……」
そのまま会話が途切れる。
しばらく沈黙が続いた後、オレは思い切って尋ねてみた。
「ねぇ、クレイ。オレが何かしたかな? ずっと不機嫌そうに見えるけど……」
返答は無い。
寝てるのかと思い、近寄って顔を覗き込むと、ちゃんと起きている。
けど、視線は一点を見つめ、口を一文字に結んでいる。
「クレイ……?」
「これは俺の問題だ。お前は悪くない」
ぶっきらぼうに言うと身体を横に倒す。
「やはり、少し寝る。後は頼む」
会話を切り上げたかったのか、クレイはオレに背を向けると寝袋を抱えるようにして仮眠を始める。
オレはかける言葉が見つからなくて、ただ焚き火の炎を見つめるしかなかった。
「クレイ……起きてる? こうして野宿するなんて、ホント久し振りだよね」
焚き火の火がはじけたのを拍子に、返事が無いのを承知で一方的に話しかけてみる。
パチパチと木々が燃える音だけを寒々とした思いで聞くのが耐えられなかったのだ。
「ちょっと寒いけど、たまにはいいもんだね」
案の定、返答は無い。
「考えてみれば、オレが男の時だって、傭兵団での戦闘継続中以外で、野宿なんてめったにしなかったもんね。これなら、またやってもいいかも……」
「お前を外に寝かしたくなかったんだ……」
オレの言葉を遮るように、返ってくる筈のない声が聞こえた。
「クレイ?」
「外で寝かせて風邪など引かせたくなかった……危険な思いをさせたくもなかった……」
ク、クレイ……何を言ってるんだ?
背を向けたまま、クレイは続ける。
「俺はお前には辛い思いをさせたくなかった……全ての災厄からお前だけを守りたかった……お前は俺の全てだったんだ」
突然の告白にオレの頭は真っ白になった。
クレイ、やっぱりオレのことを……?
不意に立ち上がったクレイはマントを羽織ると、座っているオレを悲しげな目で見下ろした。
クレイのこんな表情を見るのは初めてだった。
「リデル、今ならまだ引き返せる。俺と一緒に……」
「クレイ……?」
クレイの言っていることが理解できず、オレは返答に窮する。
「…………いや、すまん。少しどうかしてた。今、言ったことは全部忘れてくれ」
「え?」
「少し頭を冷やしてくる」
言いたいことだけ言うとクレイはオレを残して立ち去った。
いったい、何が言いたかったんだクレイ?
俺と一緒にどうするつもりだったんだ。
忘れろって、どういう意味なんだ。
訳がわからないオレは、ぼんやりとクレイの後姿を見送ることしかできなかった。
夜が明ける前にヒューが起きて来て、オレの顔を見るなり心配そうに聞いてくる。
「リデル、よく眠れなかったのですか? 顔色が良くないですよ。今日はユクと馬車に乗りますか」
「いや、大丈夫。何でもないから……」
疑わしそうにオレを見るヒューはクレイがいないことに気付く。
「ところでクレイはどこに……?」
「あんな奴のことなんか知るもんか!」
オレがイラついたように言い放つと、ヒューは「おやおや」という顔をする。
「クレイと何かあったんですね」
「別に何にもないよ。よくわからないことを言いたいだけ言って、どこかへ行っちまっただけさ」
改めて考えると、だんだん腹が立ってくる。
「リデル、どういう経緯で喧嘩したのかはわかりませんが、もう少しクレイを信じてあげてはいかがですか」
「だって、あいつときたら、わかる説明を何もしないんだ……」
「きっとクレイにはクレイの事情があるのでしょう。彼があなたに訳を話さないとしたら、たぶん大事な理由があるのだと思いますよ」
ヒューに穏やかに諭されると、怒りが少しだけ治まってくる。
「いつか時期が来れば、必ず彼の口から納得できる答えを聞けると私は信じます。クレイの相棒のあなたが信じなくて誰が信じてあげるのです?」
「ヒュー……やっぱり、あんた聖職者に向いているよ」
真摯な態度と誠意のある言葉、大概の人なら説得されてしまうだろう。
クレイが話してくれるまで、今日聞いた言葉について問い質すのは止めようと決心した。
やがて、陽が地平線から完全に顔を出す頃、クレイは野営地に戻ってきた。
顔を合わせたクレイはいつも通りに戻っていて、思いつめた様子は微塵も見えない。
オレもギクシャクしながらも会話を続けると、ごく自然な返答が返ってくる。
一瞬、明け方の会話がオレの夢の産物だったかと疑うほどだ。
オレは疑問や不満を胸に押し込めると、野営地の片付けを手伝い、次の中継地へと向かう準備をした。
「これが『イスケルド城跡』ですか……」
ヒューの感嘆する声がオレの耳に届く。
オレ達は最終試練の場へたどり着いていた。
野営地から向かった中継地で、ようやく目的地の場所を聞いたオレ達一行は、時間を惜しんで、ひたすら走り続けた。
実際、試練の始まる時間に間に合うか微妙なタイミングだったからだ。
試練が行われる場であるイスケルド城は、帝都防衛の拠点として500年前に設けられた城で、度重なる戦乱による損壊や一部の焼失を理由に廃棄された城だった。
その後、反乱軍の根拠となったり、盗賊たちの巣窟になったりと紆余曲折を経て現在にいたる。
確か、第一次双子戦争の折にも激戦があり、多くの戦死者が出たと聞いた。
「リデル?」
ヒューに問いかけられて答えられないほど、オレはイスケルド城に見入っていた。
朝日を浴びてシルエットで浮かぶ城の姿にオレは唖然として声も出せなかった。
何故なら、この景色にオレは見覚えがあったからだ。
ただ、それは現実の世界ではなく夢の中の話であったけれど。
ルマでオレの身体が突然光り出しイクスを退けた後、意識を失ったオレが次に目覚めるまでに見た夢。
オレそっくりの金髪の少女が城塞の前で表情豊かに驚く仕草を見せたあの夢の背景は、まさにこの場所から見るイスケルド城だった。
あの少女はいったい何者だろう?
そして、あれは誰の視点だったのか。
夢の中のオレは彼女に惜しみない愛情を注いでいるように感じた。
「リデル、大丈夫か?」
クレイがぼーっとしているオレの肩を揺さぶる。
「あ……うん」
「急がなくていいのか? たぶん、試練の儀式は始まっているはずだぞ」
クレイの言葉で我に返る。
「わかった……みんな、あと一息だ。試練の会場に向かうよ!」
オレはすっきりしない気持ちを胸に城へと走った。