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いつまでも可愛くしてると思うなよ!  作者: みまり
〇〇なんて今さらオレが言えるかよ!
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恋する乙女とオレ 前編

「ユク! どうして、こんな酷いことを」


「リデル……」


 オレの非難の声にユクは唇を噛む。


「なんで、そんな奴に手を貸すんだよ」


「イクス様のこと、悪く言わないで下さい!」


 ユクは悲しそうな目でオレを睨んだ。


「ユク……」


 オレは絶句した。


 ユク、どうしてあんな奴の肩を持つんだ?

 どんな理由があるにせよ、イクスの味方をするなら、オレは君と戦わなくちゃいけなくなる。


「頼むから、ヒューを操るのを止めて、そいつから離れてくれ」


「それはできません。イクス様はあたしの恩人なんです」


「恩人?」


「リデルにいつか話しましたよね。あたしが村から逃げ出した時、旅人に助けられたって……その旅人はイクス様だったんです」


 確か、村を狙っていた盗賊に追いかけられ、例の力で撃退した話だったよね。


「あの話には続きがあります。本当は、あの男を撃退できたのは最初だけだったんです。すぐに追いつかれ、再び殺されそうになったところを救ってくれたのがイクス様なのです」


「イクスが……」


「そうそう、僕は常に可愛い娘の味方だから」


 横合いから茶々を入れるイクスを無視して、オレは考えた。


 ユクとイクスが最初から仲間だったとしたら……。


「もしかして……オレと出会ったのは」


 仕組まれたことだったの?


 認めたくない結論にオレの思考は固まる。


「そうです。酔った人達を操ってあたしに難癖をつけさせたんです。リデルに近づくために……」


「ユク……」


 オレは悲しかった。

 何もかも嫌になるくらい悲しかった。


 気がつけば、オレは目に涙をためながら膝をついていた。


 その時になって、初めてわかった。


 ユクは特別なんだって。


 彼女はオレが女の子になって初めてできた本当の友だちだったんだ。


 もちろん、その前にもラドベルクとの約束でイエナとは友だちにはなったけど、彼女はオレよりずっと年下で、友と言うより妹みたいな感じだった。


 だから、ユクは同世代の心の許せる最初の友だちだと言えた。

 けど、それは幻に過ぎなかったんだと思い知らされた。


「やっぱり天罰なのかな……」


 オレもユクを責められない。


 自分の正体を隠して近づいたのはオレも同じだからだ。

 悪意がなかったからという言い訳は通らない。


 騙していたことに変わりはないから。


 でも……。


 オレは歯を食いしばって立ち上がる。


「ユク……イクスに手を貸すなら、オレは君と戦わなきゃならない」


 神が与えたもうた罰なら甘んじて受けよう。

 それはオレが負うべき罪だから。


 けど、ゲームの駒のように人は死んではいけない。


 イクスの目論見で多くの人間が死に直面している。

 オレはそれを阻止したい。


 そのためなら、ユクとだって戦える。


「リデル……彼はあたしの全てなんです」


 オレの問いに迷いのない笑顔でユクが答える。


 それはひたむきなユクの譲れない想い。


「うん、わかった」


 オレも笑みを返すと、一歩、また一歩ときざはしを上り始めた。



 上る途中でイクスが何か仕掛けてくることを警戒したけど、何の妨害もなく上までたどり着く。


「ようこそ、リデル」


 イクスは今から戦う相手とは思えないほど友好的な態度でオレを迎えた。


「さっきも言いましたが、再会できて嬉しいです」


「オレはがっかりだけどな。ここでまた、お前に会うとは思わなかった。とにかく、この下らない茶番劇をさっさと終わらせろよ」


 オレが好戦的な態度を見せると、ユクがイクスを守るように前に立つ。


 客観的に見ると黒猫を庇う女の子の図で、いたって自然なのだけど、内実を考えると違和感を覚えた。


 ユクとは武術の授業を一緒に受けてたからわかるけど、その剣の腕はノルティより上でオーリエより下だ。


 実力を隠していなかったとしたら、到底オレと戦えるわけがなかった。


 案の定、イクスは苦笑しながらユクを下がらせた。


「リデル、少し話をさせてください」


「今さら話し合う必要はないと思うけど」


 後ろで闘っているクレイとヒューや公子達の戦闘を考えるとのんびり話している時間はなかった。


「時間はとらせません」


「なら、手短に言え」


 この期に及んでイクスが何を話すのか、少し気になった。


「リデル、この国の現状をどう考えていますか?」


「どうって……」


「僕はいびつだと思っています。帝国はずっと内戦状態で、国家として成り立っていません。そのため、多くの国民が苦しんでいる状況にあります」


 イ、イクスが真面目にしゃべってる。


 違和感が半端無いけど、言いたいことはわかる。


 でも、長い分裂の結果、両公国はそれなりに安定した政体を維持してきた。

 確かに戦争状態ではあるけど、のべつ幕なし戦っているわけではないのだ。

 かえって、局地戦による物資の流動は経済の活性化に一役買っていたし、常備戦力のために兵を雇用することで失業者対策と治安維持が図られている。


 幾分、懐疑的な表情のオレにイクスは冷ややかな視線を向ける。


「リデル、貴女の考えていること、わかります。でも、それは貴族や商人達の考え方です」


 オレの訝しげな顔にイクスは答える。


「搾取される側に立った見方ではありません。戦争は非生産活動であり、その長期化は本来の生産活動を阻害します。戦地になった地域では土地が荒れ収穫物に影響を及ぼし、そうでない地域からは徴兵で働き手を奪う。戦費調達のため重税が課せられ、歳出は戦争遂行にほぼ費やされる。民のための政策や大規模なインフラ整備は後回しにされ、帝国は確実に疲弊していくのです」


 オレは驚きの目でイクスを見つめた。


 奴の考えもさることながら、民の目線で持論を説く奴に意表をつかれたのだ。


 とても、そんな風に考えるタイプとは思っていなかった。


 そもそも、オレは傭兵だ。

 戦争は良くないことだと理解していても、無くなれば商売が成り立たなくなる。


 だから、どうしても戦争ありきで物事を考えてしまう。


 オレの動揺に気づかないのか、イクスは続ける。


「内戦が始まって15年。まだ、かろうじてバランスを保っていますが、既にあちこちでほころびが出ています。また、全面戦争を過去に二度行っていますが、三度目はなく局地戦ばかりです。何故だと思いますか?」


 オレは無言で首を傾げる。


「もう大規模な戦争を起こすだけの余力がないのです。互いに相手を倒す力を残していない。しかし、今さら戦いを止めることもできない。まさに手詰まりの状態です」


 淀みなく話す黒猫に、これは本当にイクスなのかと、だんだん不安になる。


「そこで降って湧いたような、皇女が見つかるかもしれないという話。両公国が飛びつくのは当然です。うまくすれば長年の宿願が達成されるかもしれないのですから……ですが、それは新しい火種となったに過ぎません。現にこうして兵を送り込んで、虎視眈々と皇女争奪を目論んでいるではありませんか」


 イクスは一息ついて、オレを見つめた。


「帝国の陥いっているこの現状を打開する方法は、実のところ簡単です。どちらかの公子がいなくなれば良い」


「だから、ルマの大会でレオンを狙ったのか?」


「その通りです。貴女が邪魔しなければ上手くいった筈でしたのに……。そして、今回もそうです。何故、僕の前に立ちはだかるのです?」


 それは…………何でだろう。


 オレは何も考えず思った気持ちをぶつけた。


「イクス、お前が何をやろうとしていたかはわかった。でも、やっぱりオレは見過ごせない。お前のそのやり方は好きじゃない、それだけだ」


「感情で物事を決めるのは子どものすることですよ」


「どうせ、オレは子どもだよ。それに、一方の公子を殺したら国はまとまるかもしれないけど、確実に禍根が残ると思う。正規の手続きを踏まない決定は必ず今後の帝国に暗い影を落とすぞ」


「では、どうすると?」


「さっき、お前も言ったじゃないか。皇女が見つかれば、皇帝も決まるって。最も確実で平和的な解決方法だと思う。…………聖石で元に戻るまで、オレはこの力を皇女のために使うことにする」


 そう、決めた。


 例えエクシーヌ公女と敵対したとしても。


 それが、聖石を使ったオレとしての責任であり決意だ。


「……その言葉、忘れないでください」


 イクスが呆れたようにため息をつく。


「イクス様」


「ありがとう、ユク。もう、ヒューの呪縛を解いていいよ」


「イクス、どういう……」


「まぁ、ここらが潮時だしね。君も気づいているんでしょう?」


「……たぶん」


 そう、薄々気がついていた。


 イクスがずっと黒猫の姿のままなのは、人の姿に戻らないんじゃなくて戻れないんじゃないかって。


 そうでなければ、ユクが奴を必死で守ろうとするわけがない。


 それにイクスが万全なら、オレにヒューをぶつけて、イクス自身は目の敵にしているクレイを倒しに行くはずだ。


「さすがに、聡い貴女を欺けるとは思いませんでしたよ。それに、親しいユクと敵対してまで戦おうとするとは計算外でしたね」


 イクスが黒骸骨達に向かって何か呪句を唱えると、彼らは直ちに公子たちの間に割って入り、戦闘を終わらせる。


 両陣営とも、何が起こったかわからないようだったけど、黒骸骨の圧倒的な武力の前に素直に従った。


 ヒューはと見ると、クレイとまだ闘っている。


 どうやら呪縛は解けてもすぐには正気に戻らないみたいだ。

 互いに致命傷を負わすほどの技量の差は見えないから、大丈夫だろう。


 オレはイクスとユクに向かい合った。


「それにしても、お前にしちゃ、ずいぶん聞き分けが良くないか? 何かまだ企んでるんじゃないだろうな」


「寂しいこと言わないでください。こう見えても僕は貴女にぞっこんなんですから、言うこと聞くのは当たり前じゃないですか」


 神妙そうに言うイクスは、やはり信用できない。


「それに今の状態で貴女に喧嘩を売るほど、僕は命知らずではないですよ」


 苦笑しながら答えるその言葉は意外と本心かもしれない。


「そういや、何で猫のままの状態なんだ?」


 ふと疑問に思って聞いてみる。


「貴女のせいですってば。いきなり、あんな風に力を解放するなんて反則です。吹き飛んだ身体を繋ぎ止めて逃げるだけで、精一杯だったんですから。元に戻るまで、鋭意療養中なんです」


 さも、憤慨したようにイクスはオレに非難の目を向ける。


「自業自得だろ」


 クレイやソフィアをあんな酷い目に遭わせたんだから。

 あの時のことを思い出すと、今でも憤りと心細さを感じてしまう。


「ホント、そのまま消えてしまえば良かったのに……」


「ひ、酷い! 酷すぎる……」


 オレの言動に、泣きまねするイクスを無視してユクへと視線を転じる。


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