真夜中の探索とオレ 後編
朝起きると、蜂の巣を叩いたような騒ぎになっていた。
シンシアが聞いてきた話では、幽霊の正体はノルティの侍女だったリューゼさんだと言う。
確か胸の大きい色っぽいお姉ちゃんだったように記憶している。
何でそんな馬鹿なことを……。
「何でも皇女様の候補者達が怯えるさまが楽しくて犯行を繰り返したとのことです。自分の境遇と比較して、恵まれた皆さんを羨んでの行動だったようです」
「別に恵まれてるとは思えないけど」
「確かに、一夜限りならぬ一ヶ月限りの皇女待遇ですからね」
珍しくシンシアが同意する。
「ま、それもあと一週間で、おさらばさ」
やれやれといった表情を見せるとシンシアが呆れたように呟く。
「リデル様ほど宮殿の似合わない方もそうそういませんものね」
「悪かったな……でもホントその通りだけど」
そんなたわいもない会話をしているとノックの音がした。
シンシアが扉に近づき、二言三言交わすとにっこり振り返る。
「クレイ様がお見えです」
「朝早く悪いな」
「リデル様、突然申し訳ありません」
クレイがソフィアを伴って部屋に入ってくる。
「朝の挨拶も抜きだなんて、いったいどうしたんだ?」
「ちょっと耳に入れときたい話があってな」
クレイが目配せすると、ソフィアは頷いて、オレ達の前に出る。
「リューゼの話はお聞きになりましたか?」
「ああ、たった今シンシアから聞いたところだよ」
ソフィアは真剣な顔付きで口を開く。
「リューゼは幽霊騒ぎを起こして捕縛されていることに表向きはなっていますが、事実は異なります」
「え?」
「彼女はすでに亡くなっています」
「何だって!」
「リューゼは他国の送り込んだ間者だったのさ。幽霊騒ぎや最終試練の噂も含めて様々な妨害工作を行っていたらしい。どういった経緯かは知らないが、昨晩パティオ神官に正体を看破され逃亡しようとしたようだ」
クレイがソフィアの話を引き継いで続ける。
「結果、逃げ切れず自害したというわけさ。しかも、その過程で8人もの兵士を道連れにしたんだ」
それが事実なら大変な事件だ。
けど、ケルヴィンなら隠蔽するに違いない。
何が何でも一週間、持たせるって言ってたし。
「クレイ、他国って、もしかしてフォルムス帝国?」
「どうして、わかった?」
クレイが怪訝そうな顔をする。
オレは昨晩聞いたケルヴィンとシリアトールの密談をクレイとソフィアに話して聞かせた。
「なるほど、裏でライノニアと密約が成立しているなら、内戦を終わらせかねない皇女の存在はフォルムスにとって邪魔な訳だ」
「フォルムス以外の国々も内戦終結の鍵となる皇女の出現は良しとはしないでしょう」
ソフィアも補足する。
どうやら、オレ達当事者の知らないところで、いろいろな暗闘が繰り広げられていたらしい。
「ところでクレイ、ケルヴィンの言う『あれ』って何かわかるか?」
クレイに相談したかった謎の言葉について質問してみた。
「いや、俺にも見当がつかん。ただ、問題なのはそいつが何なのかよりも、ケルヴィンたちが皇女選びをでっち上げようとしていることの方だ。何故そんなに急ぐ必要があるんだ?」
「それはオレも不思議に思った。あと三年経てば用済みってのも」
腕を組んで、しばらく考え込んだクレイは思いを振り払うように頭を左右に振るとオレ達に言った。
「とにかく、あと一週間、何があるかわからない。身辺には十分注意するように。それとリューゼの話は他言するなよ」
「ヒューにこの話は?」
「あとでソフィアから伝えておく」
「オーリエ達には?」
「ジェームスに相談してからにする。勝手に伝えて良い話じゃないからな。だから、ちょっと待ってくれ」
「わかった」
最終試練に向けて、いろいろなことが動き始めている……そんな感じがした。
クレイとソフィアが帰った後、オレとシンシアは食堂へ向かった。
当然、幽霊の正体の話題で持ちきりだ。
オーリエとユクを見つけて席に着く。
「おはよう、オーリエ。朝からみんな凄いな」
朝食もそっちのけで話に興じる候補生達にしみじみ感心する。
「おはよう、リデル」
「おはようございます」
オーリエとユクも挨拶を交わしながら同様に頷く。
「いや、気持ちはわかるさ。私も幽霊の正体には驚いたからな」
「はい、あたしも驚きました」
「オレもさ」
オーリエ達に同意しながら、本当のことを話せない歯痒さを感じたけど、クレイの言葉を思い出して我慢する。
後ろからシンシアの監視の目も感じてるし。
「しかし、私たちの幽霊探索がまったくの徒労だったと考えると、多少落ち込むな」
「いや、そうとばかり言えないよ」
嘆くオーリエにオレは反論した。
「ん、何かあるのか……そうか、昨晩の別行動か?」
「当たり。でも、ここじゃ話せないから、まずは朝食を食べよう」
朝食を終えたオレ達はユクの部屋に集合した。
さすがに話が話だけに談話室は避けることにしたのだ。
ユクの部屋になった理由は、ジェームスに内緒で幽霊探索を行っていたので、ばれると困るというオーリエの申し出による。
「そう言えば、ノルティはどうしてるんだ?」
ソフィアにお茶を入れてもらいながら、オレは疑問を投げかけた。
「侍女のリューゼが捕まったんだ、強制的に宮殿に戻されるだろう。まぁ、罪には問われなくても、いろいろ尋問されるに違いないな」
「可哀想に……」
ノルティもそうだけど、無口モードのノルティから情報を聞き出す係の人にも同情する。
「それより、リデル。昨晩の話を聞かせてくれ」
「そうです。あたしも知りたいです」
オレは一口お茶を飲むと、急かすオーリエ達に向かって話し始めた。
話し終えるとオーリエは呆れ果てたように、ユクは心配そうにオレを見る。
「ケルヴィン局長も無茶をするにも程があると思うぞ」
「あたし、無理矢理に皇女様にされてしまうんでしょうか?」
二人の質問を受けてオレは考え込んでから答えた。
「まだ、何とも言えない。とにかく、彼らの言う『あれ』がわからないと対処のしようがない。こういう時こそ、あいつの知識が頼りだ……ノルティが戻ったら相談してみよう」
「確かに、それしかないか……」
オーリエが呟いた時、部屋の扉を叩く音がした。
ひょっとして、ノルティかと思い扉を開けると見知らぬ女性が立っていた。
「リデル様はこちらにいらっしゃいますか?」
侍女風の格好だけど、どこか気品がある。
「オレがリデルだけど」
「ご主人様がぜひお会いしたいと申しておりまして、お時間いただければ幸いなのですが」
オレの物言いに怯むことなく笑顔を絶やさない姿勢はなかなかのものだ。
「時間はないこともないけど、あんたの主人って誰?」
「申し訳ありません。旧知の間柄とのことですが、驚かせたいので名を伏せるように言われています」
名乗れない?
怪しさ大爆発だな。
ここは慎重にいかな……。
「リデル、面白そうじゃないか。私も一緒に行こう」
にこやかにオーリエが発言する。
「ちょ……」
「では、私の後ろに付いて来て下さい」
オレの返答も聞かず、その女性は踵を返した。
仕方なくオレも部屋から出て、後を追いかける。
並んで歩くオーリエを睨みつけると、知らん顔をして後ろを歩くユクに話しかける。
「なあ、ユクもリデルの旧知の人物に興味あるよな?」
「そうですね……」
ユクの返答が微妙だ。
さては、取次ぎの女性の心を読んだな。
そのリアクションは、どう解釈すりゃいいんだ?
何か言おうと振り返ろうとした時、案内の女性が立ち止まった。
「こちらでございます。少しお待ちを」
彼女はこの階で一番良い客間を指し、扉をノックすると声をかけた。
「リデル様をお連れしました」
「お入りいただくよう伝えなさい」
年老いた男性の声が中から聞こえる。
どこかで聞いたような……。