真夜中の探索とオレ 中編
「夜遅く申し訳ないな、シリアトール君」
「いえ、こちらこそすみません、ケルヴィン局長。宰相補の仕事の穴埋めをしていると大抵こんな時間になってしまうので」
どうやら、隣はケルヴィン行政局長の執務室のようだ。
話し相手はトルペンを補佐しているシリアトール補佐官らしい。
「相変わらず、君には面倒をかけているようだな。仕事を割り振った私としては少々心苦しい」
「いえ、慣れれば楽しいもんです」
その返答にケルヴィンの声が低くなる。
「よもや、情がわいて裏切るようなことはあるまいね」
「と、とんでもございません。貴方を裏切るなんて……」
シリアトールが慌てふためくのがわかる。
「それなら構わないが、言動には気をつけたまえ。また左遷の憂き目に遭いたくはないだろう?」
「も、もちろんです」
「で、進捗状況はどうなのだ?」
「はい、『試練の日』の準備はおおよそ終わっています……しかし、本当にいいのですか?」
補佐官の声に畏怖の色が混じる。
「何度も言っているように帝国のために必要な措置だ」
オレは壁に耳を当て、言葉の先を待つ。
「皇女様が見つらなければ作るまでだ。我々の手で……」
驚きのあまり、オレは息を呑んだ。
「やはり、そうするしかないのでしょうか? 今さら反対するつもりはありませんが、私としましては、いささか恐ろしい気もします」
「我々に残されている時間はあまりないのだ。臆している暇はない」
「ですが……」
「すでにいくつかの情報筋から、ライノニアとフォルムス帝国が軍事協定を結ぼうとしているのは明らかだ」
「まさか、外国の手を借りようなどと馬鹿げたことは考えるとは……」
「大方、カイロニアを倒せるなら領土の割譲も止むなしとでも判断したのだろう。愚かなことだ」
「ちょうど、ライノニアのアルフレート公子が帝都に来ておりますが、公子はこのことを?」
「それはわからんが、全く知らないということはないだろう」
「そうでしょうね。しかし、それでは何のために帝都へ?」
「まあ、ライノニアとしてもアリシア姫が見つかり、婚儀を結ぶことができれば、無駄に領土を減らすことなく皇帝になれるわけだからな。気になるのは当然のことだろう」
「カイロニアも同じですけどね。レオン公子もこちらに向かっているようじゃないですか」
「出遅れているがね……そうだ、シリアトール君。君はレオン公子暗殺未遂事件のことを耳にしたかね」
「いえ、初耳です。そんなことがあったんですか?」
「どうやら、ライノニアが一枚かんでいるらしい、詳細は不明だがね。それで帝都に来るのが遅れているようだ」
うへぇ……レオンが帝都に来るのか。
あいつの顔が頭に浮かんで、オレはげんなりした。
「とにかく、そんなことより『あれ』が本当の皇女を見つけてくれさえすれば苦労はないのだ」
「そうですね、そうなれば、我々も道義を外さなくて済みますし」
「が、しかし、所詮『あれ』の行動次第だ。我々の思惑通りにはいかぬだろう」
「今までもことごとく失敗しましたものね」
「ああ、その件で候補生達が騒ぎを起こしているようだ。何か作為的なものを感じるな。大方、どこかの間者が紛れ込んでいるのだろう」
「あと一週間、何とか持てばいいのですが」
「持たせるさ、どんなことをしてでもね。それより、トルペンの星読みだが変化はあったのか?」
「宰相補によれば、皇女様の星に変化はないそうです。この世界のどこかに生きていることは間違いないとのことです」
「願わくば、今回の候補生の中にいることを信じたいものだ。しかし、シリアトール君、万が一に備えての善後策だが……」
「はい、聖石の反応が一番顕著だったのはリデル・フォルテという娘です。両親も他界してますし、係累もありません」
「確か元傭兵ではなかったか?」
「はい、腕はかなりのものと聞きます」
「お話にならんな。そんなあばずれを姫君に迎えることなど論外だ」
あばずれで悪かったな。
「では、ユク・エヴィーネが次点です。大人しい娘ですが予知ができると噂されています」
「預言者気取りで虚言癖があるということか……問題はあるが幾分マシというところか」
「私としては素直で気の優しい娘なので、政治には不向きと思いますが」
「向き不向きは関係ない。三年経てば用済みなのだから」
三年経てば用済み?
いったいどういう意味だ。
さらに聞き耳を立てたけど、それについて話すことはなく、答えはわからずじまいだった。
「ケルヴィン局長、話は戻りますが、『あれ』が思惑通り動かなかった場合は、やはり強行策を?」
「無論だ。デイブレイクも復帰したし、今度こそ決着をつけるつもりだ。帝都守備隊の精鋭とデイブレイクがいれば、よもや討ち漏らすことはあるまい」
「しかし、候補生にも被害が及ぶのではありませんか」
「その時はその時だ……とにかく最後の機会と思って最善を尽くすべきだ」
「異存はありません」
「帝国の未来のためだ、シリアトール君」
「わかっています、ケルヴィン局長」
どうやら、真夜中の密談は終わったらしい。
ずっと緊張していたオレは音を出さずに息を吐いた……その時、
「そこにいるのは誰だ!」
み、見つかった……。
オレは息を呑んで、身を竦める。
どうしよう、ここは大人しく姿を現した方がいいのだろうか?
躊躇していると、続けざまに声が飛ぶ。
「隠れていないで出て来い!」
その声と同時に扉を開ける音がした。
「にゃお」
「扉の外にいるのは猫です、局長。人ではありません」
ドアを開けたのはシリアトールで、彼の足元にいるのはどうやらゼノのようだ。
見つかったのはオレではなく、ゼノだったみたい。
オレが安心して息をつくと、ケルヴィンが不機嫌そうに言う。
「何故、こんなところに猫がいるんだ?」
「ああそう言えば、オーリエ達12班の娘達が今夜幽霊探しをすると宰相補に許可を求めていました。彼女らの猫ではないでしょうか」
「トルペンも相変わらず意味不明なことをする。大人しくしてれば良いものを」
「宰相補もあれでなかなか役に立つところもありますから」
「見解の相違だな……とにかく私はこれで失礼する。今後のこともよろしく頼む」
「畏まりました。では私も戻るとしましょう」
隣の執務室はまた静かになった。
様子を窺ってから廊下へ出ると、ゼノがちょこんと座って出迎えてくれた。
「ゼノ、ありがとう。お前のおかげでいい情報が聞けたよ」
ゼノは心なしか得意そうな表情を見せるとオレの足元に寄ってくる。
抱き上げると大人しく抱っこされた。
オレはそのまま、オーリエ達が待つ謁見室へと向かう。
歩きながら、さっきのケルヴィン局長とシリアトール補佐官の会話の内容について考えてみる。
・ケルヴィンたちは外圧やその他の理由から皇女様を何が何でも見つけようとしている。
・ そのためなら、偽の皇女様をでっち上げることもやぶさかではない。
・ 皇女様を選ぶために『あれ』の協力が必要。
・ でも。『あれ』はケルヴィン達の思惑通りには動かない。
・ なので、皇女様をでっち上げるなら『あれ』の排除が必要。
・ 皇女様は孤児であるなら、能力その他を問わない。
・ 三年経てば用済み。
整理しても、まったく意味がわからない。
そもそも『あれ』って何だ。
皇女決めを急ぐ理由は?
考えれば考えるほど、わからなくなる。
得た情報をオーリエ達にも話して一緒に考えてもらおうと、オレは足を速めた。
謁見の間に着くとオーリエとユクが扉の前で待っていた。
「遅いぞ、リデル。いったいどうしたんだ?」
腰に手を当てたオーリエが怒ったように言うけど、表情は心配そうにしていた。
「いや、ごめん。いろいろあって……あ、こら」
オレが答え終わる前に腕から逃げ出したゼノがユクの元へと走る。
何だ、オレと遊びたかったんじゃないのか?
まったく気の多い奴め。
「それで謁見の間の方はどうだったんだ?」
オレが聞いたとたん、オーリエは苦い顔になる。
「見ての通りさ。探索はおろか入ることさえ出来なかったんだ」
オーリエ越しに扉を見ると錠前がつけられ中に入れないようになっていた。
「皇帝不在で謁見が行われない今、謁見の間が使用されることは、ほとんどないそうだ。それこそ朝に行われる清掃以外に扉が開くこともないのだろう」
「じゃ、夜中に幽霊が現れることも目撃することも有り得ないってことか」
「そうだ、他国の王宮のように後継者争いで敗れた王族の幽霊などが謁見の間に現れるなんて話はよく聞くが、ここでは到底無理な相談さ」
謁見の間の目撃情報はガセネタか。
「で、リデル。そっちはどうだったんだ?」
オーリエは気になっているらしくオレの方の様子を聞いてくる。
「ん……その話は明日にしよう。こんな所で話せる話じゃないし、謁見の間も見られないなら、今夜はもうお開きにした方がいい」
「それもそうだな……ユクもそれでいいか」
「はい、リデルの言う通りでいいと思います」
オレ達のその日の幽霊探索はこうして終わりを告げた。
そして、それは本当の終わりとなった。
何故ならその晩、別の場所で噂の幽霊が捕まっていたからだ。