真夜中の探索とオレ 前編
「だから私の話なんてどうでもいいだろう」
耳まで赤くしたオーリエが大声を上げる。
夕食の後、オレ達は夜の探索をするべく再び談話室に集合していた。
仮眠をしっかりとったオレとユクはすこぶる元気だけど、忙しくて眠る暇もなかった筈のオーリエのテンションがやけに高かった。
デイブレイクと何か進展があったのかと邪推し、根掘り葉掘り聞いているうちに、恥ずかしさのせいで機嫌を損ねてしまったという次第だ。
顔を真っ赤にして怒るなんて、どこのツンデレだよ。
「ところで、ノルティは?」
話題を変えようと、ここに姿の見えないノルティの行方を訊いてみる。
「ああ、彼女なら実家に帰省中のままだ」
「そういや新発見があったからって、自宅の図書館にすっ飛んでいったんだっけ?」
「そうそう、まったく後先考えずに行動する奴だからな」
むぅ、この班のメンバーはみんなそうだとは自分の口からはとても言えない。
「あ、でも外出禁止令が出たのではないですか?」
ユクが言うのは、昼間に騒ぎを起こした候補生達に対してケルヴィン局長が下した対抗策だ。
今後、行政局の許可が無い限り、一切の外出を禁じるというもので、候補生達の反感を買っている。
「帰ってきたら別だろうが、外にいるのに外出禁止令もないだろう。それに……」
オーリエは呆れ顔で続ける。
「あんな宰相補様でも、それなりに権威があるんだな。弟子という立場で特別扱いされているようだ」
トルペンも一応、立場上はトップだからなぁ。
あれ、そういえばトルペンもいない?
「オーリエ、トルペン先生は?」
「宰相補殿も忙しいらしく今夜は参加できないそうだ。替わりにこれをくれた」
トルペンの書き付けをひらひらと見せる。
「中央区画への通行証になるらしい」
まぁ、それがあればトルペンもいらないか。
「にゃ」
ユクの腕の中にいた黒猫が急にじたばたする。
部屋に置いておけないというので、ユクが連れ来たのだ。
どうやら、自分の足で歩きたいらしい。
仕方なくユクが離すと、軽やかに床へ下り、気ままに歩き始める。
ユクが後を追うのを横目で見ながら、オレはオーリエに訊く。
「で、これからどうするんだ?」
「そうだな、まず2階中央階段に行ってみよう。その後に謁見の間だ」
2階中央階段も謁見の間も幽霊の目撃情報があった場所で、立ち入りが制限されている区画にある。
早速、中枢区画への入り口に向かうと不寝番の兵が警護していた。
こんな夜更けに何の用かと詰問されるのではないかと内心ドキドキしながら通行の許可を求める。
けど、トルペンの書付けを見せると、拍子抜けするほど簡単に通ることができた。
腐っても宰相補様々だな。
それにしても、トルペンのやつ、字が下手くそ過ぎるぞ。
さっき見えた書付けのトルペンの字は超個性的なものだった。
まぁ、オレも他人のことを言えた義理じゃないけど。
やがて、オレ達はランタンの灯りを頼りに廊下を進み目的の中央階段に辿りつく。
一度に何十人も上がれる広い階段は寒々としていた。
中枢区画の主である皇帝が不在のため、夜間はもちろん昼間も閑散としていると聞く。
人気がないと、ますます不気味に感じた。
階段の先に謁見の間があるけど、予定通りまずは階段を調べることにする。
今夜は曇り空で月明かりがないため、ランタンの灯りが届かない階段の上の方は真っ暗闇だ。
オレが代表でランタンを持ち階段を上がってみる。
内心はドキドキものだったけど、何とか上までたどりついた。
平気な振りを装い、階下のオーリエとユクに声をかける。
「上まで来たけど、何にも変な様子はないよぉ!」
「わかった、今からそっちへ上がる」
オーリエが手に持ったランタンで合図しながら昇り始める。
「にゃ」
ふと、足元を見るとユクの猫がいつの間にか来ていてオレの靴に鼻を擦りつけている。
確か『ゼノ』って名前だったよな。
「ゼノ、どうした?」
一人きりで心細かったので、ちょっと安心した。
オレが頭を撫でようと手を伸ばすと、さっとすり抜け一目散に走り始める。
「え?」
ゼノはどんどん奥へと進んでいく。
どうしよう、迷子になっちまう。
ユク達が上がってくるのには、まだかかりそうだ。
「ごめん、ゼノが逃げた。後を追うから、謁見の間で会おう!」
そうユク達に向かって叫ぶとオレはゼノを追いかけ始めた。
結論から先に言うと、オレの行動は失敗だった。
ゼノはオレが遊んでくれると思ったらしく、闇雲に走り続けた。
しかも、オレが立ち止まると振り返って甘えた声で鳴く。
『まだ遊び足りない』とでも言っているように。
そうしたことを繰り返した後、ゼノを追って廊下を曲がると姿が見えない。
あれ、どこへ隠れた?
辺りの気配を窺っていると、後ろの方から微かに人の話し声が聞こえた。
やばっ、今どこにいるかわからないけど、勝手に入っていい場所とは思えない。
オレはとっさにランタンを吹き消すと手近な部屋に逃げ込んだ。
入った部屋は応接室のようだった。
隣の部屋とは続き部屋になっていて、覗いて見ると誰かの執務室のように見えた。
ごく近くで話し声がしたので、オレは執務室への扉を閉め、息を殺して応接間のソファーの後ろに身を潜める。
運悪く、執務室の主が戻ってきたようだ。




