厭われた娘とオレ 後編
護衛の男は突然、ユクの首から手を離すと頭を押さえて、のたうちまわる。
『うぁぁ――――――!』
(頭が割れるようにいてぇ……このガキ、いったい何をしやがった!)
苦しんでいる男を呆然と見つめたユクは、すぐに我に返った。
逃げなきゃ……。
立ち上がったユクは男から離れ、ふらふらと歩き始める。
とにかく村を出て隣街に向かおうと思った。
そこには警備隊が常駐していたからだ。
けれど、夜の山道はユクの歳にはまだ厳しかった。
春とはいえ、まだ寒い日が続くことが多い時期だ。
道に迷って寒さと疲労でうずくまっているところを旅人に救われた。
ユクは隣街に運ばれると、高熱を出し二日間床に伏した。
意識を取り戻し、街の人に村の実情を訴え、警備隊が向かった時にはすべてが終わっていた。
「あたしが村に戻ると、村は死んだように静まり返っていました。お祖父様のお屋敷も主だった裕福な家も火をかけられ焼け落ちていて、生き残った村人は固く扉を閉ざし息を潜めていたのです」
ユクはひどく疲れたように目を伏せた。
「そのぉ……お祖父さん達は?」
「お祖父様とあたしと同い年のセルグ兄様……あたし以外の使用人達は皆、亡くなっていました。お祖母様は……村の他の器量の良かった女の人と同じように行方知れずです。そして、屋敷にあった例の財宝は何一つ残っていませんでした」
そいつら、財宝も女性も根こそぎ奪っていったんだな。
さらわれた人達が死んだ方がましっていう人生を送っていないことを祈りたい。
「あたしの話はこれで終わりです。母と住んでいた離れが焼け残っていたので、あたしはそこで生活を始めました。お祖父様の残した財産を切り売りしながら、何とか生き永らえることができました。でも、村の人達は屋敷でただ一人生き残ったあたしを不気味に思って深く関わろうとはしませんでした」
ユクが村の者から嫌われていたと言っていたのが、言葉のあやでなく事実だと、やっと理解できた。
でもそれはユクのせいだとは思えない。星の巡り合わせ悪かっただけとしか言いようがなかった。
「そして、村に告知官がきて、今ここにいると言うわけです」
ユクはいつものように笑顔を見せる。
オレはそれが、ユクが生きていくために必要なスキルだったと初めて気付いた。
ユクの笑顔の裏にそんな生い立ちがあったなんて……。
優しくて可愛いユクは小さな村で幸せに暮らしていたと思い込んでいた。
「オレもオーリエもノルティもユクのこと嫌ったりしないよ」
オレはそう言わずにはいられなかった。
ここでのユクの笑顔が本物だと信じたかったのだ。
「ありがとう、リデル」
はにかむように微笑むユクの本心は、オレにはわからなかった。
「ユク、少し聞いてもいい?」
一通りの話が済んだようなので、気になったことを質問してみる。
「はい、何でも聞いてください」
「ユクが自分の生まれる前の事情に詳しかったのは、例の力のおかげなの?」
「そうです、面と向かって母の過去をあたしに話す人はいませんでしたが、誰もがあたしを見る時、母のことを考えていました。ですので自然とわかってしまいました」
あまり良い教育環境だったとは言えない。
「護衛の男をやっつけた力は?」
オレの問いにユクも困ったような顔をする。
「あたしにもよくわからないのです。ただ、精神が昂ぶると自分以外の人の心にも影響を及ぼすらしいのです」
相手の心とシンクロしている状態でユクが恐慌に陥ると、それが相手にも伝心するのだろうか?
原理はわからないけど、気をつけるべき点だ。
今後、ユクが取り乱すようなことがあったら、オレがフォローしよう。
「あと、酷な言い方だけど、そんな村にいるより帝都に出た方がよっぽどマシだったんじゃないの」
村の連中に思うところのあるオレは、つい非難めいた口調になる。
「リデル……ありがとう。でも、あの人達も悪気があったわけじゃないんです。普通の人達だっただけ。母はあの村を愛してましたし、あたしも同じ気持ちでいたいと思っています」
「じゃあ、皇女候補にならなかったら、そのまま村にいるつもりだったんだ?」
「いえ、ずっと帝都には行きたいと思っていました……」
ユクは笑顔を消して唇を噛んだ。
「帝都に、あたしのお父さんがいるって聞いてたから」
ユクの父親が帝都にいる。
その言葉にオレは驚きのあまり、ユクを見つめることしかできなかった。
「母が亡くなる間際に教えてくれました、あたしのお父さんは帝都にいるって。あたし、どうしても父に会って聞きたいんです。どうして母とあたしを捨てたのか……それを確かめるまで死ねないって、殺されかけた時にそう思いました」
優しいユクには似合わない憎しみのこもった目で言う。
「だから、ここに来たんです。必ずお父さんを捜し出してみせます」
「じゃあ、まだ見つけてないんだ。何か手がかりはあるの?」
オレが尋ねると、とたんに視線を落として声が小さくなる。
「それが、あまり無いんです。母とやりとりした手紙と指輪と護身用の短剣ぐらい……」
「ちなみにお父さんの名前は?」
「手紙の署名は『イトロ』となっていました」
ここに来て、一度も聞いたこのない名前だ。
「わかった、オレで良ければ手伝うよ。一緒にお父さんを捜そう」
「でも、それじゃ迷惑に……」
「どうせ、あと一週間で皇女様もはっきりするだろう。そうしたら、時間が出来るはずだから、大丈夫さ」
「でも……」
「もう決めた。誰が何と言おうとユクの力になりたいんだ」
「…………リデル」
ユクは泣き笑いの表情を浮かべた。