麗しき聖職者とオレ 後編
短くまとめた金髪に細面の顔立ち、姿勢のすっきりとした女性だ。
見た目で年齢はわからないけど、大人の雰囲気を感じさせる。
「手を下ろしなさい、ドイル。……あ、驚かせてごめんなさいね、私は大神殿に所属するパティオ・ラベルと申します。失礼をお詫びいたします」
ドイルをたしなめた後、オレ達に謝罪する。
思ったより腰が低い人物のようだ。
「しかし、パティオ様。こいつらが勝手に……」
「お黙りなさい。え……と、ケルヴィンの言う皇女候補の方達ですね。驚かせて申し訳ありません。彼も職務に忠実なだけで悪気はないので、許してやってください」
警戒するオレを、しばし見つめてパティオは言った。
「間違っていたらごめんなさい。貴女、もしかしてリデル・フォルテさん?」
「えっ、何でオレの名前を?」
「やっぱり! デイブレイクから物凄く破天荒な候補生がいるって聞いていたんで、ひょっとしたらと思って」
デイブレイク、いったいオレのこと、どんな風に話してるんだ?
「良かったわね、ドイル。痛い目に会わなくて。私が止めてなかったら、今ごろ中庭の土を味わっているところよ」
「まさか……パティオ様、ご冗談が過ぎます」
ドイルが憤慨するのを、くすくすと笑って眺める。
大神殿の現在の主は、地位は高くないけど、なかなかのやり手と聞いた。
見た目に惑わされちゃいけない。
オレの実態についても、かなり正確に把握しているようだ。
「で、そのリデルちゃんが、ここに何の用かしら?」
いきなり、ちゃん付けかい。
「オレ達もその石碑を見たいと思ってさ」
「これ? いいわよ。私はもう見終わったから」
オレの前から退いて道を開ける。
「パティオ様、自分はまだ検分中ですが……」
無視された格好の秘書官が困ったように申し出る。
「見たかったら、リデルちゃんと一緒に見なさい」
「はあ……」
情けなさそうに言うと石碑に向かう。
オレも便乗して後ろに付いて、壊れた石碑を観察した。
石碑は女神像のようだけど、残念なことに倒れた拍子に右腕が折れてしまっていた。
「酷いことするな」
オレの呟きにパティオが反応する。
「全くね……神殿から寄贈された女神像を壊すなんて天罰が下るわ」
神殿の寄贈……。
それじゃ、宮殿内は神殿の管轄外だけど、この石碑については口を出す権利はあったわけか。
「パティオさん、さっきはごめん。失礼なこと言った上に……あんた達の邪魔したみたいで」
オレが頭を下げると、パティオは笑って取り合わない。
「こっちも高飛車だったし、お互い様よ。それより、リデルちゃん。犯人は何故、この石碑を壊したと思う?」
いきなり問いかけながら、興味深そうにオレを見つめる。
さすがに噂どおり幽霊が壊したとは思っていないようだ。
石碑を壊した理由?
オレはパティオから石碑に視線を戻して考えてみた。
そうだな……。
考えられる理由の一つは怨恨かな。
宮殿や神殿に対して大なり小なり恨みがあり、その延長線上で石碑を壊したってパターンだ。
まぁ、ありえる話だ。
ただ、石碑を壊すことで本当に恨みや鬱憤を晴らせるのかというのが、ちょっと疑問に感じる。
あと、他の理由として考え付くのは、石碑の存在そのものを壊す必要あった場合だろうか。
例えば、石碑の中に重要な秘密が隠されているとか。
でも、今回は手首が折れただけだから、それは考えにくい。
中身を取り出すには、もっと徹底的に壊さなきゃならないし……。
オレが思案に耽っているとパティオが笑い出す。
「リデルちゃん、そんなに考え込まなくてもいいのよ」
「ああ、ごめん。ちょっと気になって」
「心配しなくても大丈夫よ、幽霊さんに直接聞けば、謎は解けるわ」
「直接?」
パティオはオレの疑問の声に答えず、秘書官と護衛に声をかける。
「さあ、そろそろ神殿に戻るわよ」
「はい、パティオ様」
彼らを引き連れて帰ろうと、石碑に背を向けたパティオは、オレの傍らに立つユクに目を向けた。
「貴女、ユク・エヴィーネさんよね」
「……はい」
「噂は聞いてるわ。予言が出来るんですって?」
「いえ、お恥ずかしい話です。ただ、感じたことを言っているだけですから」
突然話しかけられて、消え入りそうな声で答える。
「そう……貴女とは、いつかゆっくりお話したいのだけど、しばらくは無理そうね。……では、二人とも、またいつかお会いましょう」
オレとユクに笑顔を見せると、白い聖衣を風になびかせながら、颯爽と立ち去って行く。
「なんか凄い人だったな」
「ええ」
パティオ女史が立ち去った方を見ながら、オレ達はため息をついた。
「でも、自信に満ち溢れていて魅力的な方でしたね」
魅力的? 確かに綺麗な人だけど、オレとしてはあんまりお近づきになりたくないタイプだなぁ。
「きっと、みんなに慕われているんだと思います。……羨ましいです」
いや、あれは慕われるというより慕わせてるっていう感じだけど。
ふと、ユクの言葉に引っかかりを感じる。
前にもそれに似た発言をしていたような……。
「何、言ってるの。ユクだって、みんなに慕われてきたんじゃないの?」
「え……あたし、村では嫌われてましたから」
寂しげな表情で俯くユクの姿を思わず見つめ直す。
愛らしい笑顔に優しい性格のユクが『嫌われていた』というイメージがどうしてもしっくりこなかった。
詳しく聞きたい気持ちもあったけど、オレの方から不用意に聞いていい話じゃない。
ほんのわずか間が空いたあと、顔を上げたユクは目を伏せながら口を開く。
「リデル……あたし……」
「ユク……」
言いかけるユクを押しとどめた。
「無理に言わなくていいよ」
優しいユクなら、オレが聞きたがっているのを察して言いたくないことも無理に話そうとする可能性がある。
「無理してないです。リデルには話しても……ううん、話したいんです」
今度は目を上げて、まっすぐオレを見つめる。
「わかった……でも、ここじゃなんだから談話室に戻ろうか?」
固い表情のまま、ユクはゆっくり頷いた。
「あたしが村で嫌われていたのは本当なんです」
談話室の席に着くとユクは感情も込めず淡々と言葉にする。
そのことがユクの心に落としている影が、より根深いものに感じた。
「あたしの母親はその村の村長の娘でした。母は小さい頃から頭が良く器量良しで、お祖父様にとって自慢の娘であったみたいです。将来は、良い婿を迎えて村長を継がせようと考えていたようで……でも、母にはそれが我慢ならなかった……」