麗しき聖職者とオレ 前編
結局、午前中の講義を終えてから、もう一度談話室に集まって協議することに決まったのだけど……。
今、談話室にいるのはオレとユクの二人だけだ。
言い出した張本人のオーリエはデイブレイクに呼ばれたとかで、ここにはいない。
ぐすんっ……女の友情なんて、もろいもんだ。
あ、ごめん、嘘だから。
オーリエがこっちを優先するって言うのを、オレとユクで無理矢理、説得してデイブレイクの元へ行かせたんだ。
何しろ、デイブレイクは謹慎明けでめちゃくちゃ忙しいらしい。
だから、少しでも会える機会があるなら、それを優先するべきだ。
『それでは言い出した私の立場が』とか『友との約束を破るのは』とか、ごねるオーリエに対しユクが言った一言が効いた。
「今日、好きな人と一緒にいると、いつも以上に素敵な一日になりますよ」
オーリエは『ホントにごめん』と頭を下げて、談話室から飛び出していった。
預言者ユクの面目躍如といったところか。
ユクの予言癖はオレ達の間で、けっこう重要視されていたりする。
特に失せ物に関しては、よく当たると評判だった。
もっとも、恋愛系が当たったとは、あまり耳にしないけど。
一方、ノルティの方はノルティのお父さんから手紙が届き、こちらもすっ飛んで帰っていった。
何か新発見があったらしい。
愛欲より知識欲が勝ったようだ。
ほんの少し寂しく感じたのは内緒の話だ。
というわけで、久し振りにユクと二人きりになった。
えっ? クレイ達はって。
実は護衛も従者もケルヴィンの命令で大ホールに集められていた。
例の噂の件で善後策を練るとは聞こえはいいが、体のいい犯人探しが行われているに違いない。
まぁ、噂が候補生以外のところから広まったのは事実のようだから、仕方がない措置とはいえ、あまり建設的な対策とは思えないけど。
「リデル、これからどうします?」
ユクが期待する目でオレを見つめる。
「そうだなぁ。オーリエに頼まれてる中庭の壊された石碑でも見に行くか?」
「いいですね。それに昼間だったら、リデルも怖くないですしね」
う……何気にバレてる気がする。
ひょっとして、バレてないって信じてたのはオレだけなのか?
だったら、恥ずかしすぎるぞ。
ユクに真実を問い質したい気持ちに駆られたけど、ぐっと我慢する。
やぶへびは避けたい。
「と、とにかく中庭に向かおう」
「はい」
歩きながら、オレは隣を歩くユクをさりげなく観察する。
実はここ最近、ユクの様子がおかしいと感じていた。
心あらずの表情で一人でぼんやりしている姿を度々目にすることがあった。
憂いを帯びた神秘的な雰囲気も魅力的だけど、オレとしてはユクにはいつも元気でいて欲しい。
なので、今日のユクは以前のような明るい笑顔が見え、ちょっと嬉しかった。
やっぱり、可愛い女の子は笑顔に限るよ、うん。
「リデル、あたしの顔に何かついてますか?」
「い……いや、なんでもない」
「そうですか……ならいいんですが、そんなに見つめられると恥ずかしいです」
いかん、思わず見惚れていたらしい。
何か言い訳しようと口を開きかけた瞬間、ユクが不意に前方を指差した。
「リデル、あれを見てください」
ちょうど、オレ達は中庭へ出るためのテラスへ下りたところだった。
指し示した指先の延長線上には例の壊された石碑があるのが見える。
そして、その傍らに3人の見知らぬ人物が立っていた。
「あいつら誰だろう?」
「さあ? でも、ここからではよく見えないので、近づいてみます?」
「うん、そうしよう。何者かはわからないけど、オレ達と同じように石碑に興味があるみたいだし」
壊された石碑より彼らの方に興味がわいた。
オレ達がゆっくり近づいていくと、相手の方もオレ達の接近に気付く。
3人とも同じような白を基調とした衣装を身に着けていた。
それは彼らが同じ組織に属することを意味していた。
あれ? この格好、どこかで見たことが……。
そう、オレが思っていると、一番外側にいた長身の人物が警戒感も露わにオレ達の進路を阻んだ。
武装をしているところを見ると護衛なのかもしれない。
「驚かせて、ごめん。オレはリデル、この娘はユク。オレ達もその石碑に用があって来たんだ。通してくれるかな?」
オレが声をかけると、不審そうに睨む彼……よく見れば思っていたよりずっと若そうなその男は命令口調で言った。
「ここに近づいてはならん。ただ今、我々が検分中である」
思い出した!
この高圧的な態度と白い装束……大神殿の連中だ。
「リデル、大神殿ともめるのは避けた方が……」
隣のユクも彼らが何者かわかったようだ。
むぅ……ユクの言い分はもっともだと思う。
けど、頭ごなしの命令には、正直カチンときた。
「悪いけど、その言い草には従えないね。ここは宮殿の中庭で、神殿の管轄外だと認識してる」
「リデル……」
ユクが天を仰いで嘆息する。
「な……貴様、我々に刃向かうつもりか!」
物凄い剣幕で掴みかかろうとする相手を、ひょいとかいくぐり、すたすたと石碑に近づく。
石碑を検分している人物の脇で控えていた男が、慌ててオレの前へ出ようとする。
「申し訳ない。部外者は近づかないでいただきたい」
幾分、丁寧な物腰の男はさしずめ秘書官といったところか。
「あんた達の邪魔はしない。オレも石碑が見たいだけなんだ」
オレの申し出に目を丸くした男が子どもを諭すように語りかける。
「君の言い分はわかった。しかし、私たちが先約だ。少しだけ待っていてはもらえないか?」
内容はともかく紳士的な物言いに、オレも態度を和らげる。
「確かにそうだな。急いでいるわけでもないし……」
「この生意気なガキめ!」
先ほどの護衛が後ろから追いつき、いきなり殴りかかってくる。
「お止めなさい、ドイル!」
検分していた人物が不意に立ち上がると鋭く命令した。
ドイルと呼ばれた護衛は腕を振り上げたまま静止し、反撃しようとしたオレも動きを止めた。
「パティオ様、しかし……こいつが」
護衛の呟きをオレは聞き逃さなかった。
聖衣をまとったその見目麗しい女性こそ、現在の大神殿を統括するパティオ第一聖区長だった。