徘徊する幽霊とオレ 後編
次の朝、起きるとシンシアの懸念は現実となっていた。
「何なんだ、この騒ぎは……」
いつもなら人の少ない朝の食堂に、たくさんの候補生が詰めかけていた。
班ごとに固まって、朝食もそっちのけで深刻そうに話し合っている。
オーリエがオレの姿を見つけると、自分のテーブルに手招きした。
「やあ、おはようリデル」
「おはようございます、リデル」
オーリエの隣にはユクが座っていた。
朝の苦手なノルティはまだのようだ。
「おはよう、二人とも。っていうか、この騒ぎはいったい何なんだ?」
オレの質問にオーリエが渋面で答える。
「昨日の午後、私たちが幽霊の噂を調査している間に、もう一つの噂が密かに候補生の間で広まっていたのさ」
「それって……」
「最終試練の噂さ」
最終試練が命に関わるという噂か……まあ、いつ広まってもおかしくなかったけど……。
「しかも、出没する女の幽霊はずっと前の最終試練で亡くなった候補生だったというオマケつきだ」
オバケがオマケだなんて、オーリエも上手いこと言うなんて思ったけど、またしてもオレは沈黙を保った。
「とにかく、そんな訳でみんな心配のあまり、こうして集まってきているのさ」
オーリエは、やれやれといった表情を見せる。
「集まったって、何の解決にもならないのに……」
「その通りなんだが、みんな不安を仲間と共有したいんだろう」
ふ~んと頷きながら、食堂内を見渡すと、アレイラがいないことに気付く。
「アレイラは?」
「帝都見学以来、キュールとレベッカ以外の誰とも接していないようなんだ」
その原因にオレも一枚かんでるのかなぁ。
オレが思案げにしていると、オーリエはオレの肩を叩いて明るく言った。
「とにかく、ノルティが来たら朝食を食べよう。話はそれからだ」
ユクの肩越しに、食堂へ入ってくるノルティの姿が見えた。
「……はよん……です」
そう言って、テーブルについても、ぼーっとしたままのノルティ。
オレ達が食事を始めても、半分眠っているのか、人形のように動かない。
「大丈夫か、ノルティ?」
心配になって声をかけると、首だけ動かして死んだ魚のような目をオレに向ける。
何気に怖いんですけど、悪霊に憑かれてるみたいで……。
「何故……人間の稼動開始時間は……こんなに早いの……だろうか?」
ぼそぼそと呟く。
いやいや、陽が昇る前から働いてる人もたくさんいるから。
「変温動物は…………身体が温まるまで……動かなくていいのに……」
お前は爬虫類と一緒かい。
「あの……すみません。悪いけど、あたし先に部屋へ戻りますね」
ユクが唐突に朝食のトレイを持って立ち上がる。
「ユク?」
トレイにはパンとミルクが手付かずに残っていた。
「あたし、ゼノに朝ごはん、あげなきゃですから」
「ゼノ?」
オレとオーリエの声が重なる。
「昨夜の黒猫の名前です。勝手に付けちゃ不味かったですか?」
昨日あの後、抱きついて離れない黒猫をユクは抱いたまま部屋に戻ったのだ。
すっかり、懐いているらしい。
あれ、宿泊規定に猫を飼って良いって書いてなかったような。
「それじゃ、お先に失礼しますね」
急いで食堂を後にするユクの背を見ながら、オレはため息をついた。
「やっぱり、ユクって可愛いよねぇ」
「お、リデルも、とうとうそっちの道に目覚めたか?」
「ち、違うよ。そんなんじゃなくて、純粋に……」
「リデル……浮気……許さない」
ノ、ノルティさん……オレ、君とは恋人でも何でもないから。
嫉妬の炎を燃やすノルティを無視して、オーリエに昨夜聞いたシンシアの話を伝えた。
「なるほど、シンシアさんの意見にも一理あるな。あの噂が何か目的があって流されたというのは……この状況を見れば明らかだろう」
食堂の様子を見ながら、オーリエは頷く。
「すでにいくつかの班で、皇女候補を辞退する動きもあるそうだ」
「えっ、そんなことケルヴィン局長が許さないだろう」
「無論、その通りだ。しかし、多くの候補生が辞退しようとする事態になれば、厄介なことになるかもしれない」
『局長に直談判しましょう!』
『このまま待っているだけでは埒があきません!』
そんな風に気勢を上げる班長の声があちこちで聞こえた。
「辞退する者の中には、それなりに有力者の娘もいるようだ。ましてや、アレイラまで辞退したら、大事になるのは間違いないな」
次々に立ち上がる班長達をオーリエは不安げに見つめた。
「アレイラは辞退なんてしないよ」
家のために犠牲になることを厭わないと断言したアレイラだ、噂ぐらいじゃ辞退するなんてありえない。
「そうなのか? まあ、リデルがそう言うなら、きっとそうなんだろう」
何故か、オーリエのオレに対する信頼度はどんどん高まっている気がする。
「ところでリデル、一つ聞いていいか?」
「ああ?」
「最終試練の噂……さっき、君は少しも驚かなかったが、やはりすでに知っていたんだな」
あ……。
「いや、別に怒っているわけじゃない。実は私もジェームスに聞いて知っていたんだ。でも、みんなに余計な心配をさせたくなくて黙っていたのさ」
「オーリエ……」
オレの表情を見てオーリエは優しくオレに頷き返した。
「それにしても、このタイミングで流れるなんて、やはり作為を感じるな」
「うん、そうなると噂を流した奴の目的って、今回の皇女選びを妨害することにあるのかな?」
「なんとも言えないが、そうした可能性も捨てきれないな。現にこうやって騒ぎになっているし……」
「うにゃ――――――――!」
ノルティが突然、横合いからオレとオーリエの間に割り込んで来る。
「ど、どうしたノルティ?」
「リデル……オーリエとばっかり…………ぐすん」
ジト目でオレを睨んだ後、テーブルに突っ伏して拗ねまくる。
「ノ、ノルティさん?」
話しかけても、頬を膨らませて答えようとしない。
完全に駄々っ子モードだ。
何とかしろとオーリエに目で急かされて、オレは慌てて、ノルティにもう一度……今度は猫なで声で声をかけた。
「ノルティ。君も何か意見があるなら、言ってもいいんだよ?」
意見を求められたのが嬉しいのか、ノルティは機嫌を直して顔を上げて言った。
「ボクに……良い考え……ある」
「へぇ、どんな?」
ノルティは得意げに立ち上がると無い胸を張って答える。
「幽霊の正体を……捕まえれば……すべて解決……」
そりゃ、まぁそうだけど。
そんなに上手くいくわけが……。
「確かに、ノルティの言うとおりだ。リデル、今夜も幽霊探索に決定だな!」
オーリエは食後の紅茶を飲み干すと厳かに宣言した。




