箱入り娘とオレ 後編
「さてと……そろそろ出てきたら、どうかな?」
アレイラの姿が見えなくなるのを確認して、オレは腕を組んだまま、後ろに隠れている人物に声を掛けた。
「気がついていたのかい?」
物陰から姿を現したのは、噂に上っていたガレアその人だった。
「まあね、きっとキュールも気付いてたと思うよ。あんたの気配、バレバレだもん」
「不器用な性質なんでね」
「よく言うよ、わざと見つかろうとしてた癖に」
「見解の相違だね……それよりあんたに話があるんだ」
「いたいけなお嬢様を騙した理由でも話してくれるのかな?」
「俺にもいろいろと事情があるのさ」
ガレアが固い表情で言う。
……騙したことは否定しないんだ。
「じゃ、何で姿を現さなかったんだ、あんなに楽しみにしてたのに」
責める目付きで睨むと、彼は嘆息した。
「だからだよ……」
黙り込んだガレアに、疑問に思っていたことを思い切って聞いた。
「そのぉ……アレイラはあんたと付き合っているようかのように話してたけど、本当なの?」
「半分は本当だ」
少し考えてからガレアは、そう答えた。
半分って、どういう意味だ?
オレの表情にガレアが苦笑して続けた。
「付き合うように仕向けたのだから、そう思い込むのは当然だ」
その返答にオレは眉を顰めた。
「名は伏せるが、俺は彼女の競争相手の陣営から送り込まれた刺客だったという訳さ」
真相をあっさり明かすガレアにオレは唖然とした。
「虚勢を張ってはいるが、初心な娘だ。篭絡するのは簡単だった。後は俺の虜にして候補から陥落させるだけで良かったんだが……」
言っている台詞とは裏腹にガレアの表情はどこか寂しげだった。
「意外に真面目な性格でね、しかも自分を厳しく律していた。目的を達成する前に時間切れさ……彼女はめでたく帝都の住人となった訳だ」
アレイラの去った方向を目で追っていガレアは、オレの視線に気付き、慌てたように弁解した。
「彼女のことは何とも思っていないよ。恋人の演技が終わってせいせいしたぐらいさ」
「じゃあ、何で帝都に来たんだ? 何故わざわざ呼び出したんだ?」
オレの質問に決まりきったことを聞くなという顔をする。
「対立陣営は中途半端がお嫌いらしい。彼女の命までご所望……という訳さ」
オレは政争の類いに嫌気がさす気分だったけど、ふと気付いて質問した。
「それじゃ、何で目的を果たそうとしなかったんだ?アレイラはもう行っちゃったぞ」
「先日のあんたの剣の腕前、見たからね。無駄なことはしない主義なんだ」
自嘲気味に笑うガレアにオレは直感した。
「ガレア……あんた、本当はアレイラのこと好きなんだろ」
「……冗談はたいがいにしてくれ」
一瞬の間の後、怒ったように否定するガレアに、オレの直感は確信に変った。
恐らくガレアはアレイラのことを本当に愛しているのだと思う。
口ではああ言っているけど、彼の表情が真実を如実に語っていた。
アレイラのことを話す時、その目は穏やかで優しい。
逆に自分のことを話す目には、自責の色がありありと見えた。
ガレアがアレイラに近づいた理由は、確かに彼の言うとおりだろう。
けど、例え出会うきっかけがそれでも、芽生えた感情が偽りとは限らない。
オレにはそう思えた。
「あんた、侯爵家の勤めはどうしたんだ?」
「暇をもらった。元々、彼女の護衛として雇われたのだし、真の契約の対象者であるアレイラもいなくなったしね」
「そうなんだ……」
アレイラの話どおりの才能なら、かなり慰留を受けたに違いない。
それを蹴って、帝都までやって来た彼の目的が暗殺だったとはとても思えなかった。
「仕事の一環に過ぎないさ」
ガレアは表情を変えずに答えた。
「アレイラとの恋も仕事の内ってわけ?」
わずかに片眉を上げたが、ゆっくりと頷く。
「じゃ、何で豊穣祭の日に命懸けでアレイラを助けたんだ? 彼女がいなくなれば使命は達成されたんじゃないの?」
「……他人に俺の仕事の邪魔をされたくなかっただけだ」
あくまで仕事と言い張るつもりのようだ。
「とにかく、追加の暗殺依頼は失敗したと依頼主に伝えておく。アレイラには、ガレアは他の女とよろしくやってるとでも伝えておいてくれ。それと、身の回りの安全に気をつけるんだな。まぁ、キュールが戻ってきたのなら安心だと思うが……」
「戻ってきた?」
「あいつも護衛の任についてはいるが、男爵家のお嬢様でね。家の事情で、ずっと実家に帰っていたのさ。その隙を狙って俺は近づいたってわけだ」
へぇ、キュールもお嬢様だったんだ。
確かに、普通の護衛とは違うと思ったけど……。
それより、気がかりなのは……。
「ガレア、このままアレイラに何も言わずに消えるつもりなのか?」
納得できないせいで、自然と責める口調になる。
「何も知らない方がいいこともある」
ガレアはオレから視線を逸らした。
「ガレア、あんたは……」
頑なな態度に反論しようとした時だ。
オレとガレアを武装した集団が取り囲んだ。
「よう、『白き戦姫』。先日は世話になったな。また会えるとは思わなかったぜ」
ニヤニヤ笑う男に見覚えがあった。
シクルスの店で、のしてやった連中だ。
ガレアに疑念の目線を送ると、『俺は関係ない』との仕草をする。
一つため息をつくと、オレは固い口調で答えた。
「悪いけど、覚えてない」
「ふん、その強気がいつまで続くか楽しみだな」
下品な笑みを見せながら剣を抜いた。
他の10人を超える仲間も一斉にそれに続く。
さて、どうしたものか。
先日闘った相手を基本に考えるなら、連中の技量はそれほどでもない。
ただ、こちらが素手だということと、敵の人数の多さを考えると苦戦は免れないだろう。
けど、負ける気はしなかった。
「おいガレア、この間は高みの見物をしてたが、今回はどうする?」
仲間に問われたガレアにオレは視線を向けた。
「俺は勝ち目のある方につくことにしてるんだ」
そう言うと、自分のロングソードを抜き、予備の短剣をオレに投げて寄越した。
受け取って柄を握り、驚いてガレアを見る。
「あんたには俺の悪行をアレイラに伝言してもらわなきゃならないからな」
ガレアは口元にかすかな笑みを浮かべながら、元の仲間に剣を向ける。
「前から気に食わない奴だと思ってたが、この裏切り者め。まとめて殺っちまえ」
相手の罵声を皮切りに、ガレアの手近にいた男達が一斉に襲いかかる。
ガレアは怯むことなく、その攻撃を難なく防いだ。
かなりの腕前と見た。
連中に比べたら雲泥の差だ。
殺す気はないけど、殺される気もないようだ。
これなら楽勝だとオレに迫ってくる相手へ剣を向けた瞬間のことだった……。
それは、出し抜けに訪れた。
最初に感じた異変は自分の動悸が、いやにはっきり感じられたことだった。
治まっていた頭痛と吐き気も再び始まりそうに感じた。
また体調が悪くなる前にけりをつけなきゃ……。
そう思った刹那、尋常でない痛みがいきなりオレを襲った。
つっ……!
い、痛たたたた――――――!
な、何なんだ、これは?
下腹部の中を鷲づかみにされるような痛みに脂汗が出る。
しかも、オレの動悸に合わせるように痛みの波が繰り返す。
腹に重いパンチを的確に食らってる感覚だ。
「くっ……!」
あまりの痛みに座り込みそうになるのを、気力で持ちこたえた。
眼前に敵が迫っている。
応戦しなきゃ。
短剣を構えて…………くそっ、痛すぎて下半身に力が入らない。
視界の隅に驚愕しているガレアの姿が目に入る。
悪いガレア……ちょっと勝ち目がなくなった。
あんただけ、囲みを突破して逃げてくれ。
敵の長剣が振り下ろされるのを感じながら、オレは地面にへたり込んだ。
どうしようもなかった。
思わず目をつぶり斬撃を覚悟した瞬間、鋭い金属音が辺りに響いた。
「ク、クレイ?」
目を開けるとオレに振り下ろされようとしていた剣をクレイが防いでくれていた。
「大丈夫か、リデ……」
オレに声をかけようとしたクレイの言葉が止まる。
ど、どうかしたのか?
「リデル、遅くなりました。帰って来ないのでキュールに聞いて、駆けつけたのですが……」
後ろから近づくヒューも途中で息を飲んだ。
だるさと痛みを堪えて振り向こうとすると、ヒューが緊張した声で言う。
「リデル、怪我は大丈夫ですか? すぐに手当てを……」
えっ、怪我?
「……オレ……怪我してない。体調が悪いだけ……」
と言い終わる前にヒューが心配そうに問いかける。
「何を言っているんですか? 服が血まみれじゃないですか」
ヒューの言葉に自分の姿に目をやると、確かにその通りだった。
何でだ?
そう自問した矢先、近くで獣のような咆哮が聞こえた。
驚いて視線を向けると、クレイが例の連中に突っ込んでいくのが見えた。
一撃で最初の男を打ち倒すと、すぐさま次の男へと剣を向ける。
さながら手負いの獅子のようだ。
「い、いけない。オーリエさん、リデルを頼みます。私はクレイを止めてきます」
ヒューは、剣を振り回すクレイに向かって走り出す。
入れ替わるようにオーリエがオレに近づいてくる。
「リデル、大丈夫か?」
「うん……お腹が痛いだけで……怪我はしてないんだけど」
その言葉を聞いたオーリエは、ハッとした顔になる。
近づいてしゃがみ込み、オレの耳に顔を近づけると二、三の質問をしてくる。
オレが頷くとオーリエは立ち上がると、てきぱきと指示を出し始めた。
「ディノン、あんたはお湯か水の借りれるところ、探してきて。ユク、君はタキトスさんと一緒に替えの服と下着、それと清潔な布と……帯を買ってきてくれる? ノルティはヒューの手が空いたら一緒に痛み止めの薬を探してきくれ」
オーリエの目配せに、ユクが意味を理解したように頷くと、タキトスを伴って走り出す。
いったい何が起こってるんだ?
全然、意味がわからない。
オレが痛みを堪えながら疑問に感じていると、オーリエがそっとオレの手を握り囁いた。
「まさか、まだなんて知らなかったよ。とにかく気を落ち着けることだ……それにこれは決して恥ずかしいことじゃなく喜ぶべきことなんだ」
オーリエは優しく微笑んだ。
オレはその日、本当の女の子になった。




