箱入り娘とオレ 中編
「そ、そうまで言うのなら、仕方ないでしょう」
口では嫌そうに言っても、本当は聞いて欲しかったように感じた。
アレイラの性格では、人に相談するというのは、相手に負けを認めることに等しいと思っているのだろう。
「ガレアはわたくしの護衛でした……」
アレイラは慣れない行為に当惑しながら話し出した。
要約すると次のようになる。
前任の護衛が病気のため急遽、雇われたのが彼だったそうだ。
初めて会った時は、その風采の上がらぬ姿に嫌悪感すら覚えていたと言う。
彼女にとって、護衛は防具であり、同じ言葉を話しても別の生き物という認識だった。
けれど、侯爵家令嬢の護衛に抜擢されるだけあって、ガレアは優秀な男で瞬く間に侯爵家での信用を確保した。
主人に忠実で仕事振りは熱心で真面目、まさに理想の護衛と言えた。
しかし、アレイラは面白くなかった。
いつも取り澄ましていて、本心が読めないのが癪だった。
小さい頃から、大人の中で育ってきたアレイラは人の心の動きを読むのが得意で、素直で良い子を演じては内心で大人を馬鹿にしていた。
完璧なお嬢様の演技に自信を持っていたのに、ガレアの前では通用しなかったのだ。
『あまり無理なさらない方がいいですよ』
そう言ってのけるガレアにアレイラは内心の焦りと怒りを押さえ込むのに必死だった。
いつか必ず、冷静でいつも動じない護衛風情のこの男の鼻を明かしてやりたいとアレイラは決意した。
それから、何かにつけて彼を困らせる行動をとったが、その度に的確に対処し真摯な態度を見せる彼の真意は一向につかめなかった。
無理難題を押し付ける自分が、さすがに子どもじみていると思わないでもなかったが、今さら後には引けない。
やがて、ガレアだけには取り繕った偽りの姿でなく本音をぶつけていることに気付くと愕然とした。
また、そのことが好ましいと感じている自分にも。
アレイラは困惑した。
自分の気持ちを自分で理解できずにいた。
そして、相手の心がわからないことが、こんなに苦しいということも初めて知った。
自分の心の変化に戸惑い、それを相手に告げることも叶わず、アレイラは鬱々と悩んだ。
転機が訪れたのは豊穣祭の日だった。
内乱でしばらく中止していた農耕神サーリバンに感謝を捧げる祭が、昨年から再開されたのだ。
幼い頃より、屋敷から出ることが許されなかったアレイラの数少ない外出の機会でもあった。
アレイラは久しぶりに外へ出られると喜んだ。
けれど、テラトリウム侯爵は難色を示した。
休戦しているとはいえ、内乱は続いているので、治安が安定しておらず、侯爵家には敵も多い。
ましてや、アルフレート公子のお妃候補の最有力となれば、命を狙う者もいるかもしれない。
アレイラはいつものようにガレアに難題をふっかけると、彼はすぐに侯爵への説得を試みたが、さすがにうんとは言わない。
時間ばかりが過ぎ、業を煮やしたアレイラは別の者の手を借りて、ガレアや侯爵に内緒で豊穣祭参加を強行した。
ところが、その手引きをした人物こそ彼女の命を狙う一派だったのだ。
祭りの最中、危うく命を落とすところを救ったのは、やはり危険を察知して急行したガレアだったが、彼女を逃がすため彼は大怪我を負う。
助け出したアレイラにガレアは言った。
『アレイラ様、お怪我はありませんか?』
満身創痍の彼を見つめてアレイラが無事を伝えると、ガレアは血を流しながら安堵したように言った。
『貴女の命を守れたことが、何よりも嬉しい』
ガレアが自分に向けるその表情に、初めて彼の心がわかった気がした。
それからのアレイラは、他人の目があるところでは今までどおり無関心を装い、主人と従者の立場を崩さなかった。
けど、二人きりになると可愛い我がままを言って甘えたり、聞いてるオレが恥ずかしくなるような甘々な毎日だったそうだ。
もっとも、あくまでアレイラの視点からの話なので、本当のところはわからない。
彼女の一方的な思い込みである可能性も捨て切れなかった。
とにかく、アレイラの言う蜜月な日々は例の告知官の訪問とともに終わりを告げた。
神託を受けたアレイラは身を切られる想いでガレアと別れ、帝都に赴き皇女候補となったわけだ。
で、今ここに来ている理由なのだけど……。
「ガレアから手紙が届きましたの」
嬉しそうに頬を染めるアレイラはごく平凡な女の子に見えた。
いつものような皮肉めいた表情も頑なな貴族意識も影を潜めていた。
「ガレアが帝都に来ていて、この像の前で会いたいと書いてきたのです」
アレイラは疑いもせず信じ込んでいるようだけど、オレは懐疑的だった。
確かに、ここに来ているのは間違いないけど、彼には別の理由があるように思えてならない。
「それで、どうするんだ。これから?」
「そうね……もうしばらく待ってみることにするわ」
アレイラは当然と言った顔付きで言った。
オレとしてはこんな人通りの少ない路地に、いつまでもいるのは不安だったけど、お嬢様の決心は固そうだった。
溜息をつき、周囲に気を配ると妙な視線を感じた。
辺りを見回すが不審な奴はいない。
誰だろう? 少なくとも敵意はないように感じるけど。
「アレイラ、やっぱり危険だから戻ろ……」
アレイラの注意を促そうとした矢先、オレ達に突進してくる者がいた。
無意識に剣を抜こうとして、徒手空拳であることに気付き身構える。
相手は神速でオレ達の間に割り込むとアレイラの腕を取った。
「アレイラ様」
「……キュール?」
アレイラの護衛、キュールだった。
「や、やあ……」
オレが愛想笑いを浮かべると、冷たい目でじろりと睨まれる。
相変わらず無表情だけど、なんとなく怒っているのがわかる。
って、オレのせい?
今回の一件、オレは巻き込まれただけなのに。
キュールはオレを無視するとアレイラの手を引き、シクルスの店の方へ戻ろうとする。
「す、少し待って、キュール。ここに用向きがあるの。戻るのは、それからにして……」
キュールは無言で首を左右に振る。
「……わかったわ」
逡巡した後、アレイラは唇を噛んで大人しく従う素振りを見せる。
嘘……。
アレイラが素直に応じるなんて?
オレの驚愕の視線を受けてアレイラが恥ずかしそうな顔をする。
「キュールは子どもの頃からいつも一緒で……友だちなの」
友だち! とてもアレイラの口から出た言葉とは思えなかった。
彼女に一番、縁遠い語句だと今の今まで信じてた。
貴族以外は人と認めない考えの持ち主じゃなかったんだ。
ちょっとびっくり。
欠点も多いけど、本当はいい娘なのかもしれない。
いや、その友だちを出し抜いて彼氏に会いに行くんだから、そうでもないか。
キュールに手を引かれて歩いていくアレイラを見送りながら、そんな風に思っていた。




