魅惑のルマ観光わくわくプラン③
衝撃だった。
他の全てが眼に入らなくなった。
ただ、ひたすら彼女だけを見つめ続けた。
心を奪われたのは、その美しさのためだけではなかった。もっと別の……魂の根幹に係わる何かを感じた。きっと彼女に出会うためにオレは生まれてきたんだ、そう実感した。
エクシーヌ公女は、父親のカイロニア公の後ろに控えて、報奨金の入った袋を携えていた。そして、公が一人一人に直に労うと、彼女はその後ろから報奨金を手渡していた。
オレは彼女の流れるような所作をひたすら見つめていた。
「おい、リデル!」
隣にいたクレイが肘で、オレの腕を小突く。
「え、何だよ」
公女から視線を逸らさないで、ぼんやりと答える。
「お前の番だぞ」
我に返ると、公爵が困惑した顔で、オレを眺めていた。
「す、すみません」と頭を下げると、公爵は大声で笑って言った。
「公爵の前だからと言って、緊張することはない。気楽にするが良い」
別に緊張なんてしてないけど。
「お前が、今回の勝利の立役者と聞いた。こんなに小さいのに立派なことだ」
チビと言われて、カッとしたが、さすがに我慢した。
オレが顔を赤くしたのを、恥ずかしさのためだと思った公爵は、気分を良くしたようで、続けて言った。
「まだ、ずいぶん若いが……お前、騎士になる気はあるか?」
えっ、オレが騎士に……一瞬、甲冑を着た自分の姿が思い浮かんだが、隣のクレイをチラリと見て、口を濁した。
「あ、有難いお言葉ですが、少し考える時間をください」
「そうか、良い返事を期待している」
さして、残念がる様子もなく公爵は側近に目を移した。公爵がオレから離れると、代わりにエクシーヌ公女がすぐ目の前に立った。
なんて、表現したらいいんだ。
美しいなんて、月並みの言葉は色褪せてしまう。その瞳に、オレが映っていると思うだけで、天にも昇る気持ちだった。彼女は優しく微笑みながら、報奨金の入った袋を手渡してくれた。袋を受け取る時、わずかに彼女の指に触れた。白く細い指は、滑らかで少し冷たかった。
その瞬間、オレは稲妻に打たれたような衝撃を感じた。茫然自失になっていると、あろうことか彼女はオレに顔を近づけてきた。
め、目の前に彼女の顔が……。近い、近すぎるよ! 心臓のドキドキが止まらない。
「騎士になるなら、身だしなみには気をつけた方が良いぞ」
美しいその顔をぎりぎりまで近づけると、屈託なく笑って、曲がったオレの襟を直してくれた。そして、風のような素早さで、オレから離れた。
後には甘い香りが残った。
気がついて振り向けば、公爵も彼女も既に退席していた。オレはもらった報奨金の入った皮袋を、黙って握り締めた。
祝典が終わると、クレイが怒った顔で詰め寄ってきた。
「リデル! 騎士の話、何で断ったんだ?」
「だって、手柄の原因がほとんどお前の戦いぶりのおかげで、オレのは偶然が重なっただけだし……クレイを差し置いて騎士になんてなれないよ」
「俺のことは気にしなくていい、せっかく騎士になれるチャンスだったんだぞ」
「それはそうだけど、気にしないなんて無理だよ……ずっと一緒にやってきたんだから」
「気持ちは嬉しいが、俺としては残念だな」
クレイの反応は意外だった。奴なら、騎士なんかにならない方がいいと言うと思い込んでいた。
「でも、まだ断ったわけじゃないし……クレイがなれって言うんなら、オレ……」
「自分のことだ、自分で決めろ」
そう言うと、背を向けて歩き始める。
その態度に思わず、かっとなり叫んだ。
「わかったよ、俺が騎士になってから、謝ったって遅いからな!」
今でも、この時のクレイの真意がわからないでいる。オレの気遣いが気に入らなかったのか、それともクレイに頼りすぎたことにうんざりしたのか。
とにかく、クレイの態度に腹を立てたオレは、すぐに城に出向いて騎士叙勲を受諾しに行った。
そして結果は、意外な結末に終わった。
儀典省の役人の言い分は『そんな話は聞いていません』の一点張りだった。
そ、そんなあの時、公爵は確かに言った、周りに聞いていた高官もたくさんいた筈だ。
そう、祝典の時の話をいくらしても無駄だった。
彼は言った。何か署名されたものがありますか? と。
公爵の気まぐれだ、そんなもの……ある訳がない。
オレは失意に落ち込みながら、城から出るしかなかった。
その後どうやって歩いて帰ったか、よく覚えていない。
とにかく無意識に捜したんだと思う。
宿舎近くの傭兵達が集まる酒場でクレイを見つけた時、こみ上げてくるものが溢れそうになったけど、ぐっと堪えた。
さっきの台詞の後じゃ、あまりに情けなさ過ぎる。
けど、カウンターに座ったクレイはオレの顔を見ると、黙って横に座るように促してくれた。
クレイは、オレの方を見ずに問いかけた。
「ヴォド酒、飲むか?」
「え、飲んでいいの。いつもダメって言うじゃん」
「飲みたい時もあるだろ」
「うん」
オレは頷くと、俯いて涙を堪えた。
クレイは何も聞かなかった。それが、かえって優しく感じられた。後で聞いた話では、ああいうのは貴族の気まぐれで、すぐに応じなければ反故になるらしい。
「クレイ……」
我慢しきれそうになかった。
クレイはオレの頭を二度、ぽんぽん叩くと笑って言った。
「俺はお前の相棒だろ。気兼ねなんかすんな」
オレは……声を上げずに泣いた。後のことは、酒のせいでよく覚えていない。
それが一年前のルマでの出来事だった。