社会見学とオレ 中編
副班長であるオーリエに細かい計画の立案をお願いして、オレはアレイラの部屋に向かった。
あ、ちなみに12班の班長はアレイラだ。
責任者を決める時、自分から立候補したので、そのまま選ばれただけだけど。
どうやら、誰かの風下に立つのが許せなかったらしい。
別段、誰がなっても良かったんだけど、アレイラの性格上、面倒な仕事をしてくれるはずもなく、なし崩し的に副班長のオーリエが代わりを務めていた。
今回の帝都見学では、班長としての自覚を、ぜひとも持ってもらわなくちゃね。
レベッカに取り次いでもらうと、すぐに部屋に通された。
ちょうど朝食を終えたところのようだった。
オレはオーリエから聞いた今度の講義内容とオレの考えたプランを意気揚々と語る。
アレイラはしばらく沈黙した後、おもむろに口を開いた。
「わたくし、貴女のことを粗野で下品などうしようもない女だと思っていましたが……」
ひどい言われようだけど、少しは見直してくれたかな?
「……まさか、ここまで愚かだとは思っていませんでした」
「へ?」
「全く、なんて愚か者なの! そんな使えない頭は壁に打ち付けてしまえば、いいんだわ」
間の抜けた顔をしたオレを、アレイラは容赦なく切って捨てる。
「あ、あの……アレイラ?」
「先日の話をまるきり覚えていないのかしら。わたくしが貴女に依頼したのは、街壁の外に秘密裏に連れ出すことでしたのに……」
秘密裏?
そんなの初めて聞いた。
って言うか、何のために秘密裏に外へ出たいんだ?
喉まで出かかった質問を無理に飲み込む。
怒り心頭のアレイラをこれ以上怒らせたくはなかった。
「そ、そうなんだ……ごめん、悪かった」
う~、何だか最近、謝ってばかりな気がする。
そういや『愚か者』呼ばわりされた記憶も……。
「本当に使えなくて困りものだわ…………でも、そうね」
怒っていたアレイラが突然、考える素振りを見せる。
形の良い顎に指を当て、考え込むさまは神殿に描かれる女神のようだ。
巻き毛のブロンドが風で揺れる。
しばしの思案の後、オレを見て、にっこりと微笑む。
「……わかったわ。それでいきましょう」
その笑顔、怪しすぎて怖いんですけど。
絶対、何か企んでるでしょ?
「計画の詳細は貴女達に任せたわ。素案が出来たら、わたくしに知らせなさい」
オレの猜疑の視線にたじろぎもせず、アレイラは平然と答える。
結局、アレイラの企みがわからないまま、オレはオーリエ達と帝都見学を計画することになった。
ところで、帝都は狭義においては、街壁に囲まれたイオス・ターナ市を言う。
けど、広義においては帝都を取り囲む周辺地域を含めて帝都と呼ぶことも多い。
それだけ両者は密接な関係にあり、立地的にも経済的にも表裏一体と言っても過言ではなかった。
便宜上、街壁内にある本来のイオス・ターナ市を『内イオス』、市外に広がる自然発生的な街を『外イオス』と呼んでいた。
ちなみに、内イオスの第一街門から外イオスの外縁へ真っ直ぐ伸びた目抜き通りにある中央広場では毎日、市場が開かれている。
それらは行政府の管轄下になく、ギルドや闇社会、自由農民達によって運営されていた。
行政府はその運営団体から利用料を受け取ることで、莫大な利益を上げているという。
今回の帝都見学の主たる目的地としては、オレ達は外イオスのその市場を選んだ。
現在の帝国の状況を知る上で、参考になると判断したからだ。
その他に寄る場所として、オーリエが行きたい有名な武具店、ノルティが要望した古書店街が追加された。
ユクは外に出られるだけで満足で、とりたてて行きたい場所はないそうだ。
オレは先日のお礼も兼ねて、シクルスさんの店で昼食を取ることを提案した。
前回、持ち込んだシクルスさんの奥さんの料理の美味しさに味をしめて、満場一致で了承されたのは言うまでもない。
それらの計画案を持って、オレはアレイラの元へ赴いた。
「こんな感じだけど、どうかな?」
見学計画書を提出するのは班長の役目だ。
ここで駄目出しをもらうと期限までに間に合わない可能性があったから、アレイラの反応にドキドキした。
「そうね……おおむね良いんじゃなくて」
さして面白くもなさそうに計画案を眺めた。
「ところで、リデル。貴女、『傷ついた名も無き兵士と翼を休める女神』像を知っているかしら?」
計画案をオレに戻すと、アレイラは思いついたように尋ねた。
「うん、知ってる。詳しくはないけど……」
名前は忘れたけど、有名な詩人が書いた抒情詩を元に作られた彫刻だって聞いたことがある。
「デュラント二世がホルメイオの抒情詩『アリイネス』を題材にベルニー・ロレンスに作らせた彫刻よ」
さすがはアレイラ、美術史に詳しい。
「内戦の折、政商ガロニクの所有になり、その権勢を誇示するため、屋敷前に鎮座されていると聞いたわ。わたくしは、前々から一度見てみたいと思っていたの」
う~ん……確かシクルスの店からすぐ近くだったはずだ。
「行きたいなら、行程に入れとくよ。昼食場所のすぐ近くだから」
「……いえ、無理に入れなくて結構よ」
いきなり提案を取り下げたアレイラに違和感を覚える。
何だろう……。
あのアレイラが自分の要求を簡単に引っ込めるなんて、何か他意があるように思えてならない。
「じゃ、これをアレイラの名前で提出しておくね」
多少の疑問は残ったけど、アレイラの気の変らないうちに計画を進めるよう提出を急いだ。
「リデル、見てください。見たこともない果物が売っていますよ!」
「おい、すげえ人の数だな!」
ユクとディノンがあちこちを見ながら、歓声を上げる。
「田舎物と思われるから、あんまりキョロキョロするな」
「ユク、皆からあまり離れると危ないですよ」
オーリエがディノンに釘を刺し、ヒューがユクに注意を促す。
「人……たくさん、気持ち悪い……」
「雑多な匂いが充満して、確かに気分が悪くなるわ」
珍しく意見を同じくするノルティとアレイラ。
そう、オレ達12班は計画通り市場見学に来ていた。
参加メンバーはオレ(リデル)・ユク・オーリエ・ノルティ・アレイラの五人の皇女候補生とその護衛陣だ。
ユクの護衛は当然ヒューで、オーリエにはお調子者のディノン、ノルティの護衛は初めて見たけど、無口で巨漢のタキトス、アレイラの護衛は人形めいたキュール……そして、オレのすぐ隣にはクレイがいた。
あれから、気まずくてクレイとは、ほとんど話せていない。
交わす会話も「おう」とか「うん」とかその程度だ。
「リデル、こっちへ来てください!」
オレを呼ぶユクの方を見ようして、同じように顔を向けたクレイと顔を合わせる格好となる。
「……あ、クレイ……」
「ああ、その……元気になったんだな」
「うん……一応はね」
「そうか……」
「…………」
か、会話が続かない。
昔はこんな事なかったのに……。
妙に意識してる?
アルフレートの嫁発言を聞いたせいだろうか。
クレイの顔がまともに見られない。
「もう、リデルってば、何してるんですか?」
業を煮やしたユクがオレの手を取って、店先に引っ張る。
クレイから離れることができて、どこかホッとしている自分に気付く。
正直、心境の変化に戸惑っていた。




